【抄読会】英国フンボルトペンギン死亡事例に関連した鳥マラリア原虫の分子疫学解析

本内容は研究室で行われる抄読会にて、学生が論文を読みまとめたものです。内容は必ずしも正しいものではなく、著者の見解と異なる場合もあります。

タイトル

英国の動物園におけるフンボルトペンギンの死亡事例に関連したPlasmodium属原虫の分子疫学的解析

Molecular and epidemiological surveillance of Plasmodium spp. during a mortality event affecting Humboldt penguins (Spheniscus humboldti ) at a zoo in the UK

雑誌名

International Journal for Parasitology: Parasites and Wildlife

著者名

Merit Gonzalez-Olvera, Arturo Hernandez-Colina, Tanja Himmel, Lindsay Eckley, Javier Lopez, Julian Chantrey, Matthew Baylis, Andrew P. Jackson

発行年

2022年

書籍情報

DOI:10.1016/j.ijppaw.2022.06.010

論文の背景

英国最大の動物園、チェスター動物園にてフンボルトペンギンのコロニー(n=44)が屋外飼育施設の改修工事に伴い、一時的に屋内施設への移動が行われた。移動からおよそ3週間後、コロニー内のペンギンの一部に非特異的な臨床症状が観察された。症状には食欲不振、沈鬱、体重減少、無気力、吐出などがみられ、その後、運動失調、呼吸困難、後弓反張の症状がみられるようになり、死亡または安楽殺に至った。また、臨床症状を示さず突然死する個体もみられた。死亡した一部の個体からPlasmodium属原虫が検出された。ペンギンには疑われる病因に応じて、抗マラリア薬のプリマキンやクロロキン、抗生物質、抗真菌薬などの薬剤を投与して治療を行ったが、ペンギンの死亡例は2017年9月29日から2018年1月21日に計22例発生し、その大半は10月、11月に集中した。本研究では、チェスター動物園における鳥マラリアの疫学、病理組織学的所見を記録し、7ヶ月にわたり寄生虫有病率の分子解析を実施した。さらに、クラスター解析や系統解析により、ペンギンに感染したPlasmodium属原虫の種・系統を同定し、流行している寄生虫との遺伝的多様性を検討した。

材料及び方法(研究手法)

研究・調査を行った場所や方法を以下に記載する。

  1. 調査場所
    • 英国チェスター動物園にてペンギン、死亡した野生鳥類、蚊のサンプルを採取した。本動物園は英国最大の動物園で51haを超える広大な敷地に154種、1,912羽の鳥類が飼育されている。フンボルトペンギンは通常屋外飼育だが、2017年9月~12月の間、改修工事のため屋内施設へ移動された。
  2. ペンギン病理検査
    • 2017年9月~2018年1月に死亡した全てのペンギンに剖検を実施した。また、鳥マラリア感染で影響を受けやすい心臓、肺、肝臓、脾臓、腎臓、脳を10%緩衝ホルマリンで固定し、パラフィン包埋後、HE染色して観察した。
  3. 鳥類の鳥マラリア検査
    • 死亡したペンギンの主要臓器からサンプルを採取した。また、動物園内で発見された死亡した野生鳥類から脳と肝臓のサンプルを採取し、DNA抽出後、PCRを行った。さらに、7ヶ月の調査期間中にペンギンから採取した余剰血液も分析した。1羽あたり3枚の血液塗抹標本を作製してGiemsa染色後に観察した。
  4. 追加のペンギンサンプル
    • チェスター動物園で鳥マラリア原虫が検出されたことを受けて、英国の4つの動物園から鳥マラリアの肝臓サンプル20個を入手し検査した。また、チェスター動物園で2011年から2016年の間に採取されたペンギンの保存検体も検査した。
  5. Chromogenic In Situ Hybridization(CISH法)1
    • 組織切片中のマラリア原虫を検出するためにCISH法を実施した。Plasmodium属18s rRNAを標的としたプローブを用いた。組織切片を脱パラフィン後、proteinase Kで処理し、40℃で一晩ハイブリダイゼーションさせた。その後、抗ジゴキシゲニン抗体とNBT/BCIPで発色させた。
  6. 蚊の捕獲
    • 動物園敷地内でBG-MosquitaireトラップとCDC-Gravidトラップの2種類を用いて蚊の成虫を捕獲した。動物園の鳥類飼育舎内に10ヶ所のサンプリング地点を設けてトラップを設置した。捕獲は2017年5月~11月まで週2回行われ、6862匹を捕獲した。捕獲後は-20℃で保存した。
  7. 蚊の同定
    • 捕獲された全ての蚊を実体顕微鏡で形態学的に同定した。Cx.pipiens(アカイエカ)とCx.torrentium(イエカ)は形態学的識別が難しいため、PCRを用いて識別を行った。
  8. DNA抽出
    • 捕獲した蚊、野鳥の臓器、ペンギンから採取した血液、臓器サンプルからDNA抽出を行った。蚊にはE.Z.N.A Tissue kit(Omega Bio-Tek)、またはLivak DNA抽出プロトコルを使用してDNAを抽出し、鳥類の臓器、血液にはDneasy kit(Qiagen)を使用した。
  9. PCR
    • ⑧にて抽出したDNAにHellgrenら(2004年)の方法を用いたnested PCR法を実施した。本方法ではcyt b遺伝子(479bp)を標的遺伝子として増幅した。DNAサンプルは2~4個をウェルごとにプールして、PCR陽性ウェルがあった場合には、ウェル内のサンプルをそれぞれ個別に再検査した。
  10. DNAシーケンス
    • 陽性PCR反応から約470bpのアンプリコンが生成された。これらをSanger法により配列決定した。曖昧な塩基やその塩基除去後に短くなった(380bp未満)のアンプリコン配列は除外した。
  11. 統計解析
    • 蚊の個体数や寄生虫蔓延の関連性を調査するため、サンプリングデータを週単位で集計した。データの分散が過剰で正規分布を示さなかったため、個体数分析には準ポアソン分布、寄生虫蔓延には準二項分布を用いて線形モデルを作製した。また、蚊の種間比較にはカイ二乗検定を実施した。
  12. 配列クラスタリング
    • 生成されたDNA配列はBLASTnを用いてGenBankに保存されているマラリア原虫特有のcyt b配列と比較した。分類には1%divergence閾値にてCD-HITを用いてクラスタリングを行った。
  13. 系統解析
    • ClustalWを用いて、代表的な蚊の配列、CD-HIT解析で特定されたクラスターの代表的な配列、野鳥とペンギンに由来する全ての配列をアラインメントした。

結果

①フンボルトペンギンの死亡事例及び病理学的検査

  • 2017年9月29日から2018年1月21日にかけて、フンボルトペンギンのコロニーにて鳥マラリアのOutbreakが発生し、22羽のフンボルトペンギンが死亡した。
  • 死亡したペンギン22羽全てを剖検した結果、全個体で、実質臓器(肝臓・脾臓・腎臓など)に非特異的でびまん性の血管うっ血が認められ、肝臓・脾臓・腎臓の腫大と丸みを帯びた辺縁が観察された。
  • 1羽のペンギンでは、心臓および肺の血管内皮に少数の組織外メロント(exoerythrocytic meronts)が組織学的に確認された。同個体はPlasmodium特異的プローブを用いた CISH(in situ ハイブリダイゼーション)で心臓組織が陽性となった(後述)。
  • 血液塗抹では、鳥マラリアと疑われているにも関わらず原虫が確認されない個体があった。

②診断検査

  • 血液塗抹及び血液サンプルのPCRは全て陰性    
  • 臓器を対象としたPCRは5/22羽で陽性        
  • CISHは1羽のみ陽性 ・死亡原因はアスペルギルス症(7羽)、鳥マラリア(1羽)、鳥マラリア疑い(3羽)、消化管穿孔(2羽)と特定されたが、10羽では死亡原因を特定できなかった。

③野生鳥類の鳥マラリアスクリーニング調査

  • 調査期間中、チェスター動物園敷地内にて計81羽の野鳥が回収された。これらを検査した結果、2羽のヨーロッパクロウタドリ(Turdus merula)でPlasmodium sp.陽性であった。

④2017年のチェスター動物園における蚊の個体数

  • 2017年5月から11月までの間に計6862匹の雌蚊を10ヶ所のサンプリング地点で採集した。
  • 7種の蚊に分類され、その内訳のほとんどは Cx. pipiens(アカイエカ)が5,345匹(77.9%)で他はどの種も少数であった。
  • 月別の個体数変動に注目すると6~8月には最も多くの蚊が採集されたが、5月と11月は最も数が少なかった。
  • 地点別の個体数の違いに注目するとA1、A3の地点では最も多くの蚊が採集された。

⑤蚊におけるPlasmodium陽性率

  • 解析された6459匹の蚊の内、753匹(11.7%)がPlasmodium陽性であった。
  • 陽性蚊は5月初旬はゼロだったが、月が進むにつれて陽性蚊は増加し7月は147/496匹(29.6%)でピークに達した。8月に入っても陽性率は高値であったが、蚊の個体数が減少するにつれて低下し、9月初旬には9/142匹(6.3%)となった。
  • 採集された7種の蚊の内、Plasmodium属DNAが検出されたのはCulex pipiens(11.4%)とCuliseta annulata(10.3%)のみであった。
  • 月別の陽性率に注目すると、7~8月は最も陽性率が高かった。
  • 地点別の陽性率に注目するとA2(ペンギン展示場付近)は最も陽性率が高18%であった。

⑥cyt b系列(lineage)クラスタリングと系統解析

  • 蚊由来のcyt b配列…496本
  • 野鳥(Turdus merula)由来…2本
  • ペンギン由来(5つの動物園)…23本

これらの内442本を4つのクラスターに分類、それぞれにGenbankの既知lineageが対応した。その結果、4つの系統に分類することができた。

〈LINN1クラスター〉〈SYAT05クラスター〉
・蚊由来:272本
・ペンギン由来:14本 
・野鳥(Turdus merula)由来:2本
→LINN1はP.matutinumに属するlineage
・蚊由来:126本
・ペンギン由来:1本
→P.vaughaniに属するlineage
〈GRW11クラスター〉〈SGS1クラスター〉
・蚊由来:13本
・ペンギン由来:4本
→P.relictumに属する別lineage
・蚊由来:9配列
・ペンギン由来:1配列 →P.relictumに属するlineage 

まとめ

〈蚊の感染動態とリスク時期〉

  • 蚊のPlasmodium陽性率は7~8月にピークに達した。
    • 過去に英国で発生した鳥マラリアOutbreakと季節性は一致。
  • 蚊の捕獲数は池、植物の多い場所で最も多かったが、陽性率はペンギン展示場の付近が最も高かった。

〈P.matutinumがペンギンの高死亡率に影響した理由〉

  • P.matutinumは世界中の鳥類で広くみられるが、ペンギンでの死亡例の報告はこれまでになかった。
  • 本研究におけるペンギンの死亡例は全てP.matutinum(主にLINN1)によるものであった。
    • P.matutinumはペンギンに対して高い病原性を持つ可能性がある。
  • 本研究では、LINN1は蚊からも多く検出され、感染機会の多さが死亡に関与した可能性もある。

〈鳥マラリア診断の難しさ〉

  • ペンギンでは、血液塗抹やPCR、組織学的検査が陰性になりやすい。
    •  急性経過で死亡した場合、血中寄生率が上昇しない。
    •  P.matutinumは低寄生率の場合が多い。
    •  治療で投与した抗マラリア薬が原虫を殺滅してしまう。
    •  ペンギンは非適応宿主で、ガメトサイトが形成されない。
      • 本研究では1羽のみの確定診断にとどまった。

〈アスペルギルス症との混合感染〉

  • 死亡例ではアスペルギルス症の感染が7例確認された。
  • また、多くの個体で多臓器性に病変がみられた。
    • 複数の病原体が死亡要因に関与していることも疑われる。

〈系統解析の意義〉

  • 系統解析の結果、鳥マラリアに主に関与しているP.matutinum, P.vaughani, P.relictumの3種を系統樹にて明確に分岐していることが分かった。
  • ペンギンの死亡例が生じたのはP.matutinum(LINN1)のみであった。
    • どのPlasmodium原虫がペンギンにとって危険なのかを系統レベルで特定可能できることが判明した。

〈系統LINN1の病原性〉

  • LINN1はペンギンに対して高い病原性と死亡率をもたらした。
  • 単に環境に最も多いために感染しやすかっただけという可能性も否定できない。
    • 病原性の違いを統計的に示すには更なるデータが必要。

〈今後の課題〉

  • 鳥マラリアの病態メカニズム解明には長期的なモニタリングが必要である。
  • アスペルギルス症など他の感染症との混合感染による相互作用についての理解が必要である。
  • 特定系統(lineage)、LINN1などの検出を鳥マラリア感染拡大の「警戒指標」として採用できるか。
  • 鳥マラリア診断には明確な基準がないため、診断が困難になっている。  鳥マラリア疑い・確定の定義を定め、標準化していく必要がある。
  1. プローブを酵素標識し、酵素反応による発色で組織・細胞内の特定の遺伝子(DNA/RNA)増幅や異常を検出する技術。蛍光顕微鏡を必要とせず、通常の光学顕微鏡で観察でき、細胞の形態と遺伝子異常を同時に確認できる ↩︎

抄読会担当者 4年次学生Y

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