薬物療法は疾患治療の根幹です。私たちは、薬物療法を理解するための基盤として、分子・細胞レベルから個体レベルでの薬理学的な考え方、すなわち薬物と生体間の相互作用を明らかにすることが大切だと考えています。この根本的な考え方は、動物を対象にした医療であろうと人を対象にした医療であろうと変わるものではなく、再生医療など新しい技術の進歩が目覚ましい現在では特に、科学的エビデンスの蓄積という点で獣医領域の薬理学が果たさねばならない役割がますます増してきています。

 イオン透過機構を持つタンパク分子の局在と機能や、その遺伝子の転写制御を生理学的な観点から、あるいはマクロファージの機能やがん細胞の悪性形質獲得の機構を病態生理学的な観点から探求しています。

 私たちは、生命活動を支える重要な分子の機能を薬物で制御する研究を通じ、獣医療における新しい疾患治療法の開発に挑戦しています。私たちと共に、獣医学・薬理学の未来を切り拓く研究に挑戦してみませんか。

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細胞膜にはイオンを通すタンパク質、すなわちイオンチャネルがあります。イオンチャネルを開閉させることによって、細胞機能(細胞容積、膜興奮性、電解質輸送など)が調節されます。その機能を調べるためには、パッチクランプ法という電気生理学的手法を用いてイオンチャネルを通るイオン電流を測定したり、Ca2+ 蛍光指示薬を使ったイメージング法を用いて細胞内 Ca2+ 濃度の変化を測定したり、免疫染色という方法でイオンチャネルの存在する場所を明らかにしたり、それを構成するタンパク質そのものや、作り出す遺伝子の発現制御について解析する分子生物学的・生化学的手法を用います。

特に、TRP(Transient Receptor Potential)チャネルは、温度刺激(熱・寒)、機械刺激などの物理的刺激、香辛料(唐辛子、ワサビの成分)や冷感物質(ハッカの成分)などの化学物質によって活性化される非選択的陽イオンチャネルです。近年、免疫系細胞など神経細胞以外に存在する TRP チャネルの生理的役割が明らかになりつつあります。私たちは、免疫系細胞やがん細胞に発現する TRP チャネルの機能的意義について細胞内Caイメージング装置や膜電流測定装置を駆使してさらに発展させていきます。

異物が侵入した際にそれらを捕捉・貪食して炎症反応を引き起こすなど、免疫反応の最初期から働くのがマクロファージです。これまでに、マクロファージにもいくつかのTRPチャネルが存在し、細胞の働きをコントロールする上で重要な役割を果たしていることが明らかとなってきました。それらのチャネルのうち、TRPM2 チャネルは炎症時に多量に産生される過酸化水素などの活性酸素種 (ROS) によって活性化され、マクロファージの炎症反応を高めることが知られるなど、TRP チャネルは薬物によるマクロファージ機能制御のターゲットとして注目されています。

私たちは、生体の恒常性維持において中心的な役割を担う肝臓にのみ存在する特殊なマクロファージ集団「クッパー細胞」に着目しています。クッパー細胞は周囲の環境変化を感知して活性化し、免疫や炎症反応を調節することに加え、近年大きな問題となっている代謝機能の障害に関連した脂肪性肝疾患における炎症性病態の進展にも影響を及ぼすことが知られています。私たちの解析により、クッパー細胞にもいくつかの TRP チャネルが発現しており、それらのうち TRPM2 はクッパー細胞の機能調節に関与している可能性があることがわかりました。今後、薬物によるクッパー細胞の機能制御法の新規確立に向け、TRP チャネルノックアウトマウスや細胞株を用い、その機能調節メカニズムの全容解明に向けて取り組みます。

また、血液中を流れる「単球」も研究の対象としています。最近、獣医領域においてもアレルギーなどの免疫介在性の炎症性疾患が問題となっており、私たちは、主要な治療対象種であるイヌの単球におけるTRPM2チャネルの機能解析を行っています。これまでの実験結果から、イヌ単球が TRPM2 チャネルを介して活性化されていることが考えられたため、今後、イヌの炎症性病態と TRP チャネルの関わりに迫っていきます。

私たちは、がん細胞におけるイオン輸送体の役割を解明し、がん化学療法における治療標的化を目指しています。ある種のがん細胞では、細胞が足場を失いながらも集塊(スフェロイド)を作ってアポトーシス(細胞死)を回避しながら増殖や浸潤をするときに、免疫系細胞や間葉系細胞が促進的な役割を果たします。私たちはがんスフェロイドを作製して、これらの細胞に発現するTRPチャネルによる細胞内イオン動態の制御による腫瘍の進展やそれを阻害する薬物を研究しています。