日本大学生物資源科学部獣医学科獣医生理学研究室/獣医病態生理学研究室

業績

「獣医生理学」とは

 生理学は,生物の複雑多岐に亘る生命現象を生体機構と共に解明する学問として,人,家畜家禽,魚類,植物などの生理学に分化し,関連しあいながら,応用生物学における重要な基礎学として発展し,獣医学,畜産学の基礎学として考究されている。

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日本大学獣医生理学研究室の歩み

教室史第一集より第五代教授 佐久間勇次(昭和50年11月1日発行)


 日本大学における獣医生理学の教育は,日本における家畜生理学を体系づけられた著書「島村生理学」の東大教授 島村虎猪 先生が東京高等獣医学校の初代教授として開講された昭和5年頃のことである。

 第二代教授は,陸軍獣医大佐 長尾正徳 教授である。当時,昭和の初期は,日本陸軍および農業の機動力の主体は馬であり,軍馬の臨床を主とした教育が行われた。

 第三代教授は,東京高等獣医第一回の先輩,小宮山楠男 教授である。小宮山教授は日本大学と合併するまで十数年にわたり,同窓の先輩としてほとばしる情熱をかたむけられて,後進の指導に当られた。

 第四代教授は,農林省から赴任された 小野元雄 教授である。初代島村教授の東大における門下生で,東京高等獣医,東京獣医畜産大学,日本大学の教授として,昭和38年に57才で御逝去されるまで15年余にわたって教授として後進の指導に当られ,また勢力的に研究を進められた。大学院獣医学研究科の創設に尽力され,大学院初代の教授として英才の教育指導に当られ,多数の優秀な研究者,教育者を育てられて社会に送り出された。その後,一時期を家畜伝染病学の小堀教授が家畜生理学の講義を兼担されたが,昭和42年度から筆者が第五代教授として就任し,家畜生理学講座を担当させて戴くことになり,学生および大学院修士,博士コースの教育指導を続け現在に到っている。その間,四十余年にわたる家畜生理学教育の過程では,教室に在職された多くの助教授,講師,助手,副手の先生方によって,また非常勤講師の先生方によって,講義,実験実習が担当され,卒業論文,研究の指導が行われてきた。

 筆者は,昭和36年,東北大学農学部から小野教授の助教授として招かれ,当初,畜産学科の家畜生理学を昭和40年度まで担当し,小野,小堀教授のあとを受けついで,昭和41年度から獣医学科の家畜生理学の教育を担当した。日本大学の獣医学教育における家畜生理学教育の基本的方針として,晩年の小野教授は,従来の一般生理学と共に,生化学,生物理学が必要であり,将来は独立分化した教育体制と後進の育成が必要であることを力説された。このお考えは御遺言となり,その後,獣医生化学の第一人者で、ある家畜衛生試験場の小原甚三(現山口大学教授)博士,次いで牛見忠蔵(現研究第四部長)博士を講師として迎え,生理学における生化学部門を担当していただいた。その間,渡部 敏 修士が転出した平山八彦専任講師の後任として,助手に任命され,専任講師昇格後,小原,牛見講師のあとを受けて生化学を主体とした生理学を担当している。小野教授のお考えは,五十年前に出版された島村生理学の序文にも述べられており,また昭和52年度発足が期待されている獣医学教育6年制のカリキュラムには,生理学とは別に必修設置講座として,家畜生理化学としてとりあげられている。

 家畜生理学の研究は,家畜家禽のすべての生命現象に関するあらゆる事象が対照になる。小野教授は何をやっても生理学だとよく云われた。特にわれわれの生理学では家畜の栄養と繁殖の生理が大切だと云われていた。また前東大家畜生理の星冬四郎教授は最終講義の講演で「奇想天外」の方法でもよい,食糧確保のために家畜増殖の研究を進めるべきだと結ぼれた。わが国の食糧は70%を海外に依存し,世界的規模の食糧危機をふまえて,家畜の疾病予防,治療の研究と共に家畜の生産性を高め動物蛋白資源の開発利用を計ることが,われわれに課された大きな研究課題であると考えている。

 筆者は,家畜の内分泌生理を専攻し,研究の主題は,思師 橋本重郎 教授および 佐々木清綱教授から与えられた「卵子の移植」に関連した研究である。卵子移植による家畜の改良と増殖の技術開発のためには,移植する手技は勿論であるが,性成熟,排卵,受精,着床などに関する多くの研究課題があり,関連した一連の研究を進めてきた。特に卵子の移植には,過排卵の誘起,体外受精,卵子の保存に関する基礎的研究が必要である。本学に赴任後,小野教授から,体外受精および卵子の長期保存に関する研究を進めるよう示唆していただき「研究に必要な設備は用意するから」とはげまして下さった。しかし間もなく一年程で、小野教授は肺癌のため入院し手術されたが御他界なされたため,研究を進めることは困難になった。当時の研究事情では筆者個人で実験設備を整えてゆくことはできなかった。そこで、研究の中心を過排卵の誘起方法の確立と過排卵による産仔数の増加を研究課題として定め,石島芳郎 大学院学生の論文テーマとして研究を開始し,今日に到るまで過排卵に関する研究を続けてきた。卵子の移植は,その間,内外の研究者によって,いよいよ産業動物の技術として発展し,生理学教室出身のオーストラリアで活躍している小林軍次郎君は1頭の肉用牛リムジン種の優秀な雌牛から過排卵誘起によって,13個の受精卵子を採取し,在来種8頭の雌牛に移植し5頭が双仔,2頭が1頭の子牛を分娩し,合計12頭の子牛が本年4月の同じ頃に生れたという世界で始めての記録を,写真入りで紹介掲載した新聞を手紙に同封して報告してきた。昭和28年,今から23年前に日本で始めて卵子の移植を家兎で成功し発表した筆者としては,宿願の喜びであり感激に耐えない快挙である。

 牛の卵子移植の実用化の見通しがついてきたが,人工授精と同様に普及させてゆくためには,体外受精,卵子の長期保存,子宮頚管からの移植方法,反復過排卵,卵子精子の雌雄性の識別,移植胎児と母体の拒否反応など,多くの残された研究課題がある。これらの中から特に,卵子の冷凍による長期保存方法,移植する受精卵子の雌雄性の識別,反復過排卵など,卵子に関する一連の研究を中心に,発足する獣医学教育6年制と共に,次の世代の優秀な研究者の協力を得て,筆者に残された10余年の主な研究課題として,ひたすら驚馬に鞭打って研究を進めてゆきたいと考えている。

 その他の研究に関しては,全日大の総合研究である本学部 大村収 教授の水質汚濁物質に関する研究の一部として,汚濁物質の有害作用について医学部 西川教授と共同して研究を分担している。また,実験動物関係の研究を赴任当初から進めているが,文部省の科学研究費の交付を受けて,野生うずらおよびポニーの実験動物化に関する調査研究を進めている。また,自然保護に関連した野生鳥獣の保護問題に獣医学の知識が要望され,環境庁から研究を依託され研究費の交付を受けて,野生鳥獣のセンサス方法の確立,野生鳥類の大量異常死の解析などについて調査研究を進めている。これらの研究課題は筆者の趣味である20余年にわたる狩猟が結び、つけたものであり,ポニーの調査も趣味の乗馬が研究の縁を結んだものであって,たいへん愉快な楽しい研究である。

 その他,有害鳥獣駆除を目的とした不妊剤の研究を進めている。特に衛生害獣であるネズミは世界の食糧を10%も盗食し,特に東南アジアにおける農業開発はネズミ駆除がすべての農業技術に最優先するといわれている。排卵,受精,着床,造精機能を支配する下垂体,視床下部などの性上位中枢を人為的に支配調節する方法で増殖を抑制する研究を進めている。また,本年の夏,東宮御所に,林業試験場の東獣の先輩,宇田川博士と教室の学生諸君と参上致し,炎天下を3時間にわたって,皇太子殿下のお供をさせて頂いて広大な東宮御所内に生息する多数の雉(きじ)を調査する機会に恵まれた。御所内のお供をさせて頂いている間,野生鳥獣の生態と保護について,殿下に直接,御説明を申し上げ,また御下問にお答えする光栄に浴したことは,筆者らの世代にとって恭慢感激の極みであった。

 教室の研究の主力として活躍している 渡部 敏 専任講師は,小野教授から与えられた研究課題である乳牛の繁殖,栄養障害の発生機序とその予防治療に関する研究に取りくみ,血液,乳汁成分の精密な生化学的検索を精力的に進めている。また,オキシトシンの生理機序に関する研究を開始し,少ない研究費,わずかな研究設備,多数の学生の教育指導という恵まれない研究環境をよく克服して,ラットの子宮運動によるオキシトシンのミクロバイオアッセー法の開発に成功し,ラジオイムノアッセーが困難であるオキシトシンを,この方法によって,生体内におけるオキシトシンの性現象に伴う動態について,雌における動態と共に,従来全くわかっていなかった雄における動態と生理機序について画期的な成果を挙げつつある。

 学外で活躍している教室出身の多数の諸君の中で,大学院出身の東京農業大学 石島芳郎 助教授は,一昨年,家畜繁殖研究会より,過排卵に関する一連の業績に対して,生理学教室初代の島村教授の名を冠した「島村賞」を授与された。筆者として望外の喜びと感撤である。ついで本年,農大から同論文によって農学博士の学位を授与された。筆者の門下生第1号の学位である。学位審査には農大の要請により審査員3名の1人として学外から筆者も加えさせて頂いた。また大学院出身の日本大学医学部公衆衛生学教室 遠藤 克 助手は,西川教授の御指導によって続発している公害問題を動物実験によって解明する研究を進めている。教室に在学した当時からの排卵,着床に関する研究を併行して進めているが,多くの研究報告の中で過排卵における卵子の着床に,プロラクチンが有効に作用することを明かにしている。このプロラクチンは家兎でも同様に有効に作用することが石島助教授の研究で明かになった。これらプロラクチンの着床促進効果に対して,日本大学から教室に多額の研究助成金が交付された。なお遠藤君は,本年,医学部からカドミウムの精巣破壊作用に関する遺伝要因の解析的研究によって,医学博士の学位を授与された。門下生第2号の学位である。農大の大学院出身の研究員 伊藤雅夫 君は同じく医学部衛生学教室の助手として動物実験に取りくんでいる。東邦大学医学部の野沢あき子女史は産婦人科教室で卵子の分割発生と染色体の研究を進めている。遠藤君と同級生である。鶴ヶ丘高等学校で生物を担当している 池田春男 教諭は,生徒の教材として多数の実験動物を飼育し,生物班の生徒を指導しながら独自の研究を進めている。特に指導した生物班生徒のラット,ハムスターを用いた研究発表は,よみうり科学賞と東京都知事賞を受賞した。池田君個人としてハムスターの過剰妊娠の研究で,日本大学から2年度にわたり研究奨励金を交付されている。

 その他にも卒業年次の若い多数の教室出身者が学外の研究分野で活躍を始めてきた。家畜臨床,小動物臨床,行政機関,会社,牧場,動物園など社会の第一線で多数の諸君が活躍を続けている。日本の食糧基地である東北,北海道などの僻地においても,地域開発の技術者として,家畜の生産性を向上させるため,地方の第一線で日夜,黙々として経済的には恵まれなくとも,臨床獣医師として,獣医師本来の使命感に燃えて多数の教室出身の諸君が活躍を続けていることは頼もしい限りである。

 以上,教室出身の研究者として活躍している多くの諸君を紹介してきたが,筆者は学生を教育指導する基本的な考え方として,研究のできる人を育てる事だけが主な目的とは思っていない。勿論,大学は職人を作るところとも思っていない。物事を深くみつめて静かに考えられる人,謙虚に先人のたどった道をさぐって豊かな知識を身につけられる人,周囲の人と円満に調和の保てる人,そしていつでも全力投球で行動できる人。私はこのような人を育ててゆきたい。人間には長所もあれば短所もある。長所を早く見つけ出してのばしてゆく。短所を見つけて,角を矯めて牛を殺すという愚はしたくない。

 生理学教育の基本は,臨床獣医学のための基礎学として研究を進めることであり,また綜合大学の規模をもつ農獣医学部におけるアグリビジネスの基礎学としての研究を進めることである。そのためには学科,学部内の先生方は勿論,他学部,他大学,他研究所の多くの先生方と協力して研究を進めてゆくことであり,研究を通して社会の役に立つ人材を育成し教育してゆくことであると考えている。

 家畜生理の教室は2号館の4階に教授室と実験室があって,小野教授,筆者,平山講師の3名がいた。現在は,昭和41年に家畜病院棟の2階に移転して10余坪の1室に筆者と渡部講師の2名がいる。それに大学院学生,研究員3,4年次の卒業論文学生など1室に20数名が実験器材,書籍などにかこまれてひしめきあっている。この他3号館屋上に実験動物舎,家畜病院屋上に実習器材保管の小室がある。本年度150坪の完全空調の実験動物研究棟が完成し,理想的な動物実験ができるようになった。動物実験を主に研究を進めてきた筆者にとって喜ばしい限りの施設である。

 本年は昭和の半世紀,50年であり,筆者が昭和36年10月に赴任してから15年目を迎える。この機会に記念事業として家畜生理学教室の40余年にわたる教室の記録を編集する計画をたてた。歴代の教授と教室員各位の研究業績と当時の教室のあり方などを記録として残しておくことが,後任の教授としての筆者の責務であると考えたからであり,また第四代の小野教授の御他界後,多くの研究業績を残された先生の記念出版が計画されたが,学園紛争,その他の事情で中断されたままになっていたからである。

 しかし,いざこの40余年にわたる教室史ともいうべき記録を整理して編集しようとしたが,あまりにも資料が散逸し不明のものが多く,教室に残された資料は殆んど小野教授のものだけで,この計画を早急に実現することは困難であった。今後,先輩各位の御協力を得て,教室の当初からの記録は,次の機会に実現させたいと考えている。従って,今回の記念事業としては,筆者が本学に赴任してから14年間における教室関係の研究記録と教室出身の100余名の卒業論文学生,大学院,研究員の研究記録を中心に編集し,併せて筆者個人の東北大学在職当時の記録も収録させて頂いた。今回の「家畜生理学教室史」第一集の編集を機会に,今後は10年毎に出版を継続してゆきたいと考えている。

 この教室史に見られるように,生理の教室が発展を続けてきたことは,教室関係諸君の多大な努力によることは勿論であるが,大学,学部当局から,大森前学部長を始め,歴代学部長,歴代主任教授,学部,学科の諸先生方,事務室,図書室の皆様方から多大な御支援を頂けたからであり,この機会に厚く御礼を申し上げます。また学外の多数の諸先生から,直接,間接の御協力,御指導を頂いたが,特に実験研究を進めてゆく上でお世話になった先生方は,岡山大学 猪貴義 教授,帝国臓器 土居重之進 博士,川越家畜保健所 平野公夫 所長,新潟大学農学部 石田一夫 助教授,東北大学農学部 竹内三郎 前教授と教室員,山口大学農学部 小原甚三 教授,家畜衛生試験場 牛見忠蔵 部長,後藤信男 室長,動物医薬品検査所 窪道護夫 室長,北海道農業試験場 大槻清彦 部長,林業試験場 宇田川竜男 博士,日本大学医学部 西川槙八 教授,東京医科大学 相馬広明 教授,東北大学医学部 鈴木雅洲 教授,東邦大学医学部 林 基之 教授の先生方であり,本学を退職された 大江賢太郎 教授,海老成直 助教授である。この機会に厚く御礼申し上げます。

 最後に,この記念事業を進めるに当り,また11月1日の記念祝賀会を開催するに当り,強力にこの企画を推進し,実行して下さった渡部,石島,宮崎,池田,遠藤の諸君に厚く感謝します。特に記録の編集を担当し多忙を極めた遠藤君に,特別な御配慮を賜った西川教授の御厚情を重ねて感謝致します。

 なお,この教室史第一集を,本年十三回忌に当る故小野元雄教授,法名,玄機院大道智光居士の御霊前にささげ,教室発展の場と機会を与えて下さった先生に,心から感謝し御礼を申し上げます。

昭和50年11月1日
日本大学教授 佐久間 勇次 謹記

初代教授 島村虎猪

第二代教授 長尾正徳(陸軍獣医大佐)

第三代教授 小宮山楠男

第四代教授 小野元雄

第五代教授(前教授) 佐久間勇次 : 埼玉県出身(大正13年 1月16日生)

佐久間勇次

プロフィール

学歴
昭和15年03月 埼玉県立川越中学卒業
昭和17年09月 東京高等獣医学校卒業
昭和21年09月 九州帝国大学農学部畜産学科卒業 在学中に学徒出陣・陸軍
昭和37年03月 農学博士(東北大学) 『家兎受精卵子の移植に関する研究』
学位
農業博士 東北大学
職歴
昭和21年10月 九州帝国大学農学部副手、畜産学第二教室勤務
昭和22年10月 文部教官任命、千葉青年師範学校(千葉大学)助教授、畜産学担当
昭和23年10月 東北大学農学部助手、家畜繁殖学教室勤務
昭和36年10月 日本大学助教授、農獣医学部家畜生理学教室勤務
昭和42年04月 日本大学教授、家畜生理学担当
昭和50年05月 学生生活委員会委員
昭和56年04月 日本大学馬術部長
昭和63年03月 就職指導担当(平成2年3月まで)
平成06年01月 日本大学定年退職
平成24年05月 永眠
専門
生殖生理学
主たる研究
排卵,受精,着床および胚移植
所属学会
哺乳動物卵子研究会元会長,日本不妊学会元副理事長,日本受精着床学会元理事

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