
人間の目には見えにくい世界。森林微生物の世界へようこそ!
森林微生物って何?
肉眼で見えるか見えないかという小さなサイズの生き物のことを「微生物」と言います。森林に生息する微生物が「森林微生物」です。
微生物と総称される生き物は、生物の分類ではいろいろなグループに属します。ナノ(10 億分の1 メートル)レベルの大きさのウイルス(生物かどうかは諸説あります)から、菌類、細菌類、比較的大きなサイズのものはセンチュウ(「動物」に分類されます)までが含まれます。

森林の中で
微生物は何をしているの?
森林微生物は、人間の目には見えないサイズなので、森林の中でその姿も働きもほとんどみることはできません。
しかし森林微生物は、森林で物質が循環する際の要(かなめ)になる存在です。森林に暮らすあらゆる生き物が微生物と関わらずには生きていけません。森林の成り立ちすべてに関与する影の支配者といえるでしょう。

森林微生物は
なぜ大事なの?
私たち人間は、自ら生活するこの地球環境を未来に向けて守っていかなければなりません。とくに大きな面積を占める森林生態系を守ることは、もっとも重要な課題といえるでしょう。
そのために微生物は、重要な存在です。一つひとつは小さい。しかし総量は膨大です。さらに微生物の多様性は、あらゆる生物の中でもトップクラスです。多様な微生物が多様な生き物と互いに関わりを持ちながら、森林の生態系を支えています。
微生物はとても小さく多様なため、まだ発見されていないものが無数にあるとされています。まだまだ新種や、新しい機能が発見される可能性も高い。なんだかワクワクしませんか?

森林微生物の中でも、とくに注目すべきなのは「菌類」です。
「菌類」はどんなイメージ?
「菌類(きんるい)」という言葉を聞いて、どんなものを思い浮かべますか? バイキン? あまり良いイメージはないようです。

菌類とは、きのこ、カビ、酵母といった生き物の総称です。納豆菌や乳酸菌は「細菌」であり、菌類には含まれません。
菌類と細菌の違いは大まかに言うと生物としての構造にあります。細胞の中心にある核が膜に包まれている(真核生物)のが菌類、包まれていない(原核生物)のが細菌です。
きのこは菌類の本体ではない!?
シイタケ、マイタケなどのきのこは菌類です。でも、私たちが目にしたり、食べたりしている、「キノコ」と聞いて思い浮かべる部分は、菌類としての「本体」ではありません。
その部分は、草木の「花」のようなものです。すなわち、「タネ」にあたる、次世代の「胞子」をつくるための特殊な器官です。ひとときの姿にすぎないのです。
きのこの菌類としての本体は「菌糸」です。これは髪の毛の10 分の1ほどの糸状のもので、土や落ち葉、倒木などに張り巡らされます。


森林の生態系で菌類は「分解者」として、なくてはならない重要な役割を担っています。
分解者である菌類は
生態系の心強い味方
菌類は、枯れた植物や生物の死骸などを分解(有機物を無機物に変える)します。そのことによって物質が循環し、生態系が成り立っています。
菌類の本体である菌糸は、細く、フレキシブルな形状なので、自由に伸びていくことができます。そのため、地中などにある分解を待つ物質に届きやすいのです。
栄養になる物質に菌糸が到達すると、菌糸は酵素を放出して物質を分解させます。それにより低分子化した栄養を取り込みやすい形にしているのです。

菌類がいなければ、
森林は植物の「遺体」だらけに
もし地球上に菌類がなかったらどうなるでしょう。死骸や枯れ草などの有機物が森林のいたるところに積み上がり、有機物として再生できなくなります。
2 億5000 万年から3 億年ほど前の大型シダ類や大型昆虫、は虫類が闊歩(かっぽ)していた時代は、植物の分解しにくい成分のひとつ「リグニン」という物質を分解できる生き物がいませんでした。そのため、死んだ植物(植物遺体)が積み上がり、やがてそれが石炭になりました。
その後、菌類がリグニンを分解するようになり、地質学上の時代分類である「石炭紀」が終わったと言われています。

菌類が活躍すると
地球温暖化が加速する!?
菌類が十分に働けない寒冷地では、植物の分解が進まず植物遺体が堆積しています。そういった土地は泥炭地と呼ばれ、日本でも北海道や、本州の高地湿原などにあります。
今後、もし気候変動で地球全体の気温が上昇すれば、泥炭地でも分解が進みます。そうすると二酸化炭素が多く排出されることになるので、温暖化がさらに進行する可能性が指摘されています。


植物と共生するために菌根を作る菌を「菌根菌(きんこんきん)」といいます。
互いに栄養分を与えあって
共生する植物と菌類
菌根菌は植物の根の細胞と細胞の間、もしくは細胞の中に入り込みます。そして太めの特殊器官「菌根」を形成。
この時点から植物と菌類の共生が始まります。
菌根菌は、土壌から集めた水やリンなどの栄養分を植物に渡します。一方、植物は光合成で作った糖分を菌根菌に与えます。このようにお互いが協力しあって暮らすのです。お互いに助け合う美しい関係!?しかし、もっと複雑な関係がみえてきます。
決して“甘くない” 関係を結ぶ
1本の樹木は、1種類あるいは1個体の菌類とだけと共生しているわけではないことが、わかってきました。
また、一つの菌類も、1本の樹木とだけ共生しているのではありません。菌根と樹木はそれぞれが複数の相手と「多対多」の関係を結んでいるということです。
菌類と樹木の関係は、いわばシビアなビジネスパートナー。働きのよくない、つまり与えてくれる栄養が少ない樹木には、菌根菌も栄養をあまり渡しません。逆も同じです。樹木にとって菌根は「着脱可能」な都合の良い根であり、不必要と判断すれば、かんたんに切り捨てます。

争いつつも協力する
“ツンデレ” のような関係
地上では、樹木同士は日光をめぐり熾烈(しれつ)な争いを繰り広げています。けれど、地下をみてみると、菌根菌の菌糸を通じて、樹木同士が互いに栄養分をやりとりしているようなのです。樹木と菌根菌、甘くはなく、時には容赦なく切り捨てる。そのくせ無関係ではいられない、という「ツンデレ」のような複雑な関係にあるのです。

バランスが保たれた森林の生態系も、外来種の微生物が入り込む、何らかの環境変化で既存の微生物が暴れ出すと、崩壊に向かうことがあります。
マツ枯れ、ナラ枯れなどの
樹木大量枯死の原因とは?
「マツ枯れ」「ナラ枯れ」などと呼ばれる、森林の樹木が大量に枯死する現象が起きることがあります。これらは現在、日本でもっとも対策が急がれる広域分布の樹木病害です。
「マツ枯れ」はマツ、「ナラ枯れ」ならばミズナラやコナラなどが被害の対象となります。これらはいずれも、里山を構成する、身近で大事な樹種です。大被害が発生すると、里山の風景が一変してしまうのです。
マツ枯れもナラ枯れも、原因を探ると森林微生物にたどり着きます。マツ枯れの病原体は、マツノマダラカミキリが運ぶマツノザイセンチュウというセンチュウ(微生物の一種)です。ナラ枯れは、カシノナガキクイムシが運ぶナラ菌と呼ばれる菌類によって引き起こされます。
外来種の侵入か、環境変化で
在来種が“暴れ出す” ことで発生
急激な樹木の大量枯死の原因は、大きく以下の二つに整理できます。
(1)外来種が病原体
マツ枯れがこれにあたります。マツノザイセンチュウは外来種です。他の地域から持ち込まれた外来種に対し、在来のマツは抵抗性がありません。そのために、病気は一気に拡大し、大量の枯死を引き起こします。
(2)環境変化が引き金に
一方、ナラ枯れの原因となるカシノナガキクイムシやナラ菌は、もともと日本にいた在来種です。これらが突然暴れ出す原因としては、森林環境の変化が指摘されています。気候変動のほか、里山を放置したせいで、虫が生息しやすい大径木(幹が太い樹木)が増えたことが被害拡大につながりました。

森林には数え切れないほどの種の菌類が生きています。どんな“キャラ” がいるのでしょう?
三つの“キャラ” の菌類が
どんな活躍をするのか
森林に住む菌類たちは、生態系を維持するとともに、時には樹木や人間の生活に害を及ぼしたりもします。どんなキャラがいて、それぞれが私たちとどう関係するのでしょうか? 「地味キャラ」「レアキャラ」「マルチキャラ」の三題で、菌類にまつわる、ちょっと興味深いお話をしていきましょう。

外から見て健康に見える樹木でも、内部が腐ってきていることがあります。犯人は地味キャラ「心材腐朽菌」です。
誰にも知られずに
せっせと木を腐らせる
台風などの暴風雨で、太い幹が折れ、樹木が倒れることはよくあります。でも、倒れる木と、ビクともしない木があるのはなぜでしょう? 実は折れる木や倒れる木は、外観は何でもないように見えて、幹の内部や根が腐っている(腐朽)ことが多いのです。
腐らせているのは菌類で「心材腐朽菌」と呼ばれています。樹木の内部に入り込んでいるので、その働きは外から見られません。密かに、地味~に、せっせと仕事をしています。そして、その成果が「倒木」なのです。
木はしゃべれないので、体の中や根がどんどん腐っていっても、SOS を出せません。幹根の腐り具合も外観からの診断が困難です。
樹木の内部の状態を調べるには、機械を使います。幹の周りにセンサーをつけて、音波を検出。その伝わり方を分析することで、中の腐朽の度合いが判断できます。状態を把握した上での対策をとります。


世界的に珍しい「幻のキノコ」とされる“超レアキャラ” ヤチヒロヒダタケは、なんと青森では「美味しいキノコ」として普通に食べられていました。
世界中で絶滅危惧の指定を
受けている「幻のキノコ」
ヤチヒロヒダタケというキノコは、ナラタケの仲間。世界的に生息地が非常に限られています。この30 年間で発生数が激減している「絶滅危惧種」なのです。日本を含む多数の国でレッドリストに掲載され、IUCN(国際自然保護連合)の2016 年版レッドリストでも準絶滅危惧種に指定されています。
日本では、1949 年に青森県、1950 年に群馬県尾瀬ヶ原で発見されてから21 世紀になるまで報告が途絶えていました。ところが2001 年に青森県で新たに複数箇所の生息地が確認され、2006 年には京都府の湿原でも発生していることがわかりました。

超レアなキノコを
日常的に食べていた!?
2001 年に発見された青森県の地域では、驚いたことに、この絶滅危惧種のキノコを“食べていた” のだそうです。「タキノコ(田きのこ)」または「ヤチキノコ(谷地きのこ)」と呼び、佃煮などにしていました。
「田きのこ」という呼び名からもわかるように、この地方ではヤチヒロヒダタケは水田に発生していました。もともとこのキノコの生息地は、湿原・湿地です。青森県でも、人間が住みだすはるか前から、湿地に生息していました。人間が稲作を開始してからは、水田という湿地でも暮らしはじめたのでしょうか。
青森県では、水田の区画整理のための土木工事や、市街地化のせいで生息地が減ったことが、ヤチヒロヒダタケが激減した原因だと考えられています。

食べてよし、薬にしてもよし。その他さまざまな顔を持つ万能選手の菌類(キノコ)、それがナラタケです。
なかなかの美味で一度に
たくさん採れる食用キノコ
野生のナラタケはサクラやナラ類など、ごく一般的な樹木に発生することが多く、見つけやすい。形状もわかりやすく、他のキノコと見分けもつきやすいキノコです。同じ箇所に大量に発生していることも多く、一度にたくさん採れます。味もなかなか。まさに食用としてはうってつけで、日本各地で料理に使われ、親しまれています。
共生した植物が
中国・韓国では漢方薬に
ナラタケは、葉緑素を持たないラン科の植物と共生することでも知られています。ナラタケと共生したオニノヤガラという植物の塊茎は、中国や韓国ではテンマ「天麻」と呼ばれ、漢方薬として重宝されています。
深刻な被害を
もたらす病原菌にも
食用である一方で、ナラタケの本体、ナラタケ属菌は病原菌にもなります。この菌が繁殖したことで発生する「ならたけ病」は、針葉樹人工林の病として欧米ではもっとも問題視されています。日本でも、北海道のトドマツ人工林や、各地の公園や並木の樹木が、ナラタケ属菌の餌食となっています。
クジラよりもでかい
世界最大の生物
ナラタケは、実は「世界最大の生物」です。嘘でも誇張でもありません。シロナガスクジラより大きいのです。
というのは、ナラタケの本体である菌糸が、土壌中のとてつもない範囲で広がるのです。オレゴン州のあるナラタケは、推定年齢2400 歳で、なんと菌糸が2 ヘクタールにわたり広がっているそうです。
昔は同じ種だったが
では10 種以上に分割
ちなみにナラタケは「隠蔽種」としても知られています。隠蔽種とは、形態上区別がつけづらいことから同じ種として扱われてきたものの、実際は別々の種に分けられるグループを指します。以前、ナラタケはツバ(キノコの柄についているリング上の組織)があるタイプはすべて「ナラタケ」とされていました。しかし今では日本に生息するものとして10 種以上に分けられています。

水は地球と生命を駆け巡っています。森林は水と一緒にどんな働きをしているのでしょうか。
あらゆる生き物を支える
森林と水
森と水は互いに深く関わり合っています。大陸では、内陸部は砂漠化していても、海に近い、雨がよく降るところには森林があります【図1】。世界地図でアメリカ西海岸やオーストラリアを見れば一目瞭然です。温暖湿潤な日本列島では、ほぼ全土で森林が生育可能です。
森林は、多くの生き物を支えてきました。木質バイオマスを生産するだけではありません。太古の昔から何億年もかけて大気中の酸素を作ったのも森林です【図2】。これらの森林の働きは、水があったからこそ可能でした。
森林と水は切っても切れない関係なのです。
森林からの落葉は、微生物によって分解され土粒子と混ざり合います。これが「森林土壌」です。森林土壌と水が関係することによって、“森の恵み” がつくり出されます。

森に降り注ぐ雨水は土壌に染みこむ中で浄化され、栄養を巡らします。
大小さまざまな
スキマのある土壌が
水をゆっくりと浸みこませる
森林は雨の多い地域にあります。したがって森林からは大量の水が、大気中に蒸発したり、森林の外に流出します。蒸発した水は再び雨を降らします。こうした水循環によって、森林は水を貯めるとともに、浄化を行い、さらに水を媒介して栄養・養分を運びます。
このようなことができるのは、森林の表層土壌が発酵したパン生地のようにふかふかと軟らかいからです。土壌には、土粒子と土粒子の間に孔隙と呼ばれる大小さまざまなスキマがあります。そこに雨水がゆっくりと、また時にはすばやく浸みこんでいきます。森を循環した水は、浄化されるとともに豊かな養分を含み、やがて川に集まり海へと流れ込みます。
樹木の生えていない荒野では、こうはいきません。土砂がスキマなく固まった状態なので、雨水が浸透せず、地表に川を作ります。川に流れる雨水は、土砂を削るので濁水になります。


森はまるでダムのように洪水を緩やかにし、渇水を防ぎます。
大雨でも、
森林が「緑のダム」になり
“多すぎず少なすぎず”
水量を調整
固い土壌に1 日に数百ミリほどの大雨が降ると、洪水になることがあります。ところが森林土壌ならば一度に多量の雨水が降り注いでも、それを浸透させることができます。それにより水の流出を平準化し、洪水のピークを遅らせることができるのです。
もちろん1 日に数十ミリぐらいの降雨でも森林土壌は水を浸透させ、流出を緩和します。そこで貯められた水は、雨が降らない時にゆっくりと流出し、渇水を防ぎます。
森林がダムのような働きをするのは、まず、森林土壌の表層にある土粒子の表面を、浸透水がきわめて遅い速度でつたっていくからです【図3】。そして、その浸透水は山の内部にある割れ目に入ります【図4】。さらにこの内部浸透水は、土中深部の硬い地層に触れることで、ミネラルたっぷりの地下水になり、時に地表に湧き出します。

渓流の水が悪化しても川辺の樹林帯が窒素やリン、浮遊物を吸収・吸着して浄化します。
下流に悪影響を
及ぼすことを防ぐ渓畔林の
強力な水質浄化機能
開発により森林がなくなることで、そこの渓流の水質が悪化していることがあります。水質が悪化した渓流水には、窒素やリン、浮遊物が多く含有しています【図5】。
たとえば、森林だった土地が農地になった場合、そこで多量の窒素肥料が使われると、その一部が硝酸イオンとして地下水や渓流に混入することになります。
ところがそうした汚れた水が、渓畔林のある地帯を経由することで、渓流の硝酸イオン濃度が大幅に低下した例もあります【図6】。
渓畔林の土壌に浸み込んだ水は、土壌が嫌気的(酸素が含まれない)であれば、大気に窒素を放出します。また、渓畔林がの樹木が吸収します。このように、渓畔林には、きわめて優れた水質浄化機能があるのです。

森は、海の植物プランクトンが必要とする鉄を多量に提供します。
森林から渓流に流出した
微量元素も豊かな海をつくる
一つの要因
ところが河川によって海に運ばれてきた鉄の多くは、すぐに海底に沈殿してしまいます。そのため、海洋表層にいる植物プランクトンは摂取できず、鉄不足になりがちなのです。そうすると海の生産が抑えられてしまいます。
河川の上流に森林があれば、森林土壌の腐植から窒素やリンそして鉄分が、溶存態(成分が水に溶けてイオン化した状態)や浮遊物に含まれるかたちで河川に流れ込みます。そしてそれが海に多量に運ばれれば、植物プランクトンが摂取できるチャンスが増えます。こうして森林は、海の生産にも大きく関わっているのです。


激しい降雨は水の流路を変え、森林の土と枝葉や流木などの有機物を運びます。
洪水が川岸を削り、
土砂をかき混ぜ運ぶことで
新しい植物が生息する場所が
つくられる
大きな降雨を人間がコントロールすることはできません。非常に激しい、まとまった降雨があれば、洪水などで被害がもたらされます。不規則な気候変動があれば、なおさら困ったことに。しかし、地球環境や生態系にとっては、まとまった降雨は恵みになります。
森林からは、土砂や有機物など、さまざまなものが降雨により流出します。流出は、大きく「洪水」と「平水」に分けられます。激しい降雨で洪水が起きると、河川が流路を変えながら、渓岸や河原の多くの土砂が、倒木や落葉落枝などとともに海へと運ばれます。洪水のピークが過ぎ平水に近づくにつれて、運ばれたものが、渓畔・河畔、あるいは海岸域に堆積していきます。

適時起こる洪水による自然攪乱が新しい生態系のチャンスを提供します。
洪水が川岸を削り、
土砂をかき混ぜ運ぶことで
新しい植物が生息する場所が
つくられる
激しい降雨で洪水が起こると、川辺の土壌が削られ河川の流路が変わることがあります。それに伴い樹木が水没したり、倒木が生じたりします。また、山地の斜面で崩壊が起こり根こそぎ土壌が流され、草木のない裸地面が露出することもあります【図7】。
こうした現象は、すでに生えている樹木たちには大きなダメージを与えます。けれども、このような場所には、新たに根づき、生育する植物が出てきます。時折、適度な範囲内で起こる自然による攪乱が、豊かな生物相(特定の地域における生物の種の総体)を維持し、新しい生態系が構築されるチャンスを生むのです。


山地から河川を通り海に至る土砂の流れは砂浜にも影響を及ぼします。
洪水による
土砂の海への移動には
砂浜を保つ役割も
降雨によって、山地の斜面から土砂が落ちて河川に入り、海へと流れることを「流砂系」といいます。薪や木炭から石油や電気に移行して人間が山から離れることで、森は自然豊かになっています。それによって土砂移動の程度も大きく減少しています。
かつての高度経済成長期には、日本中で建設の需要が大きかったために、川砂利を掘削して建設材料として利用することなども盛んに行われていました。その後、山地に続々と山腹工事やダムなどが建設されました。これらは、土砂の流出を抑制し、海への土砂の供給に大きく影響します。数十年の時間差を経て近年に、海岸線を大きく後退させた場所が全国各地に存在します。


倒木や落葉落枝が谷戸や湿原に留まると生態系を育む豊かな場をつくります。
氾濫して流れる倒木や枝葉が
海に行かず湿原などに堆積して
栄養塩をゆっくり生成
倒木や落葉落枝には、窒素よりも炭素が多く含まれているため、微生物により分解される速度が遅いという性質があります。これらは洪水で大量に移動しますが、海へ流れる前に谷戸(丘陵地が浸食されてつくられた谷状の地)、芦原、干潟などに留まることも珍しくありません。
そうした土地に留まることで、倒木や落葉落枝は、ゆっくりと分解される時間ができます。
それらが分解されることで、豊かな栄養塩が生成されます。栄養塩は下流域や海へ溶存態などとして流れていき、それぞれの場所での生産を助けることになります。また、栄養塩が残された優良な生産の場となる谷戸は、生態系の維持という面でも重要な土地といえます。

森林資源科学科は近年バイオマスの研究に力をいれています。ところでバイオマスって何?
環境問題を解決する
再生可能資源
バイオマスとは、生物を由来とする有機性資源のことを指します。
日本は国土の67%を森林が占める世界有数の森林国家です。その森林で生産されるバイオマスは現在、住宅建設や新聞・雑誌・書籍、ノートやティッシュペーパーなどの紙製品、タオル、衣類や繊維製品として広く利用され、私たちの生活を豊かに彩っています。
そんなバイオマスに、新たな可能性が見えてきています。これまで石油や石炭などの化石資源から生み出されてきたエネルギーやプラスチックなどの工業製品を、バイオマスからつくり出すことができるかもしれない。生物由来ゆえに再生可能で、CO2 排出を抑制する効果もあるバイオマスは、環境・エネルギー問題解決の有力手段として熱い視線が注がれているのです。

バイオマスに関するキーワード
- バイオマス資源
- 森林バイオマス
- 木質バイオマス
- バイオマスタウン
- バイオマス産業都市
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- バイオマス工学

クリーンなバイオマスは、安全で自然と調和した私たちの未来の生活をつくってくれます。
山村をバイオマスの
シリコンバレーに
日本の森林の総蓄積量はおよそ47 億立方メートル。しかも毎年7400 万立方メートル成長しています。ところが伐採利用されているのは、そのうち2000 万立方メートル足らずで、残りは使われないまま森林に貯まり続けています。
この現状使われていない資源を活用すれば、人口が減り、産業が衰退している山村をよみがえらせることができるかもしれません。森林資源に恵まれた山村に、最先端のバイオマス加工・利用施設を誘致し、バイオマスを核とする新たな産業を創出するのです。新たな産業を創出し、エネルギーや製品を都市に売って経済的に自立できれば、若者が戻って過疎化・高齢化にブレーキがかかります。過疎化・高齢化が進む地域をシリコンバレーのように発展させられるかもしれません。明るい未来をひらくのは都市ではなく、山村かもしれないのです。

安全で、自然を破壊しない循環型の“未来の町”。バイオマスで実現をめざします。
バイオマスタウンとは?
さまざまな立場の人たちが連携し、安定的かつ適正で無駄のないバイオマス利活用を進めている地域(市町村)のことをバイオマスタウンと呼んでいます。林業・木材産業から発生するバイオマスの他に、家畜排せつ物や農作物残渣、魚介類の内臓など農業・水産業から発生するバイオマス、廃食用油などの食品廃棄物、下水処理場で発生する下水汚泥など地域にはいろんなバイオマスがあります。こうした地域のバイオマスの効率的な利用によるまちづくりが、「バイオマスタウン構想」です。
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チップやペレットなどを燃料とするボイラーで、公共施設や温泉などに熱を供給しています。環境への負荷軽減や、CO2削減効果はもっとも大きいシステムです。 -
バイオマスの発酵や部分燃焼により生成されるガスを燃料として使います。チップやペレットと比べてCO2削減効果は小くなりますが、熱効率や発電効率が高いのが特長です。 -
飲食店などから出る廃食用油など、植物性の油からつくるディーゼルエンジン用の燃料で、バスやトラックの燃料になります。

森林のバイオマスは食品として味わうこともできます。スウィート、あるいはスパイシー…。
メイプルシロップの森をつくる
メイプルシロップは“サトウカエデ” から採れるのをご存知ですか? 森林資源科学科で、演習林の敷地にサトウカエデの苗木を植えて育てて、その恵みをいただこうという、とってもスウィートなプロジェクトがはじまりました。サトウカエデは北米東部に広く分布し、樹高が30~40mになる落葉高木です。2~3 月ころ、幹に小さな穴をあけて樹液を集め、これを煮詰めるとシロップになります。もちろん、育てるのはたいへんですし、長い時間がかかります。でもいつか、森から採れたメイプルシロップをパンケーキにかけて、育てたみんなで味わえたら…。そんな夢がふくらみます。

シナモンの森をつくる
こちらは、ちょっぴりスパイシーなプロジェクトです。シナモンはセイロンニッケイやニッキとも呼ばれるクスノキ科の樹木です。スパイスとして使われる“シナモン” はこのシナモンの木から採れるのです。そこで、メイプルシロップの森と同じように、苗木を植えてシナモンの森を作ることにしました。シナモンは熱帯性の常緑樹です。樹皮をはいで外皮をとりのぞき、乾燥させたものが香辛料となります。自分たちで育てたシナモンはどんな香りがするのでしょうか。

バイオマスには他の材料にはない多くのメリットが。“できること” を見てみましょう。
バイオマスは電気を作り、
バイオガソリンやプラスチック、
食品にも変身する。
バイオマスにはさまざまな可能性があります。自動車を走らせるガソリンのようなパワフルな液体燃料を作り出す。ひとたび事故が起これば取り返しのつかない原子力発電よりも、はるかに安全な電気を作り出す。 石油や石炭などの化石資源から作られているペットボトル、テレビやパソコンに使われているプラスチックなどさまざまな工業製品を、バイオマスから作り出す。世界中でこのようなさまざまな研究が進められています。また、意外かもしれませんが森林のバイオマスは、食卓に並ぶキノコ、バニラ香料やシナモン、キシリトールやメイプルシロップなど、身近な食品も作り出しているのです。

化学・工学の先端技術でバイオマスを燃料に。化石燃料のように枯渇の心配はありません。
バイオマスから電気や
バイオガソリンなどの
エネルギーを作る。
バイオマスからは、ひとたび事故が起これば取り返しのつかない原子力発電や、二酸化炭素(CO2)を大量に放つ石炭や石油による火力発電に代わる、自然と調和した安全な電気を作ることが出来ます。バイオマスから電気を作るバイオマス発電所は、日本ではこれまで23 ケ所以上建設されています。
バイオマスからガソリンに匹敵するパワーを備えた液体燃料を作り出す研究も進められています。まず最初にバイオエタノールが作られました。既に一部実用化されていますが、バイオエタノールのパワー(エネルギー密度)がガソリンの60%と低いため、もっとパワーのあるバイオ燃料の生産が求められていました。ところが2007 年には、ガソリンに匹敵するエネルギー密度の物質(フラン)をバイオマスから作る方法が発表され、可能性が大きく広がっています。
-
2007 年に製造法が発表された、ガソリンに匹敵するエネルギー密度を持つ液体燃料(バイオガソリン)は、森林のバイオマスから生産する実用化研究が世界で進められています。森林資源科学科でもそうした進歩に歩調を合わせ、研究に取り組んでいます。 -
バイオエタノールは、バイオマスから微生物(酵母)を使って、お酒づくりと同じ方法で作ります。世界ではサトウキビなど食料となる農作物から工業生産されています。森林のバイオマスから生産することは可能ですが、酵母を使うため木材からの生産はサトウキビなどと比べて難しいという欠点があります。

石油を使わずに強度のあるプラスチック、有用な接着剤などを生産する研究を進めています。
森林の微生物の力を使って
バイオマスから工業製品を作る
テレビやパソコン、携帯電話やペットボトルなど、さまざまな製品に用いられているプラスチックは、石油や石炭などの化石資源から作られています。それらのプラスチックをバイオマスから作り出せれば、環境にやさしい工業製品を使えるようになります。さらに、バイオマスから石油や石炭からは作ることのできない新しいプラスチックの開発も進んでいます。森林資源科学科では、バイオマスを分解して(食べて)生きている森林の微生物の能力を利用して、バイオマスからPDC という新しい工業原料を作り出し、新しいプラスチックや接着剤を作ることに成功しています。
-
森林の微生物は、バイオマスを細胞のタンパク質やアミノ酸、DNA に作りかえることができます。その能力を利用してバイオマスから新しいプラスチック原料であるPDC を作り出すことに成功し、国の研究機関とも協力して新しいプラスチックの開発を進めています。 -
バイオマスから微生物の能力を使って作り出したPDC は、非常にめずらしい性質の工業原料です。その性質を利用した新しい接着剤を国の研究機関と協力して開発しました。ガラスとステンレス、ステンレスとプラスチックや陶器などを接着することもできる不思議な接着剤です。

従来「食」とは直接結びつかなかった森林資源を食品に。食料問題の解決にも貢献できます。
バイオマスは
食品に変身する
シイタケやエノキタケなどのキノコは、バイオマスから生産される食品の代表です。これらのキノコは木材を分解して生育します。また、アイスクリームやケーキに含まれるバニラエッセンスの原料「バニリン」は、スギやトウヒなどの針葉樹のバイオマスから作られます。さらに、虫歯予防効果があり清涼な甘味料キシリトールは、白樺など広葉樹のバイオマスから作られています。その他、パンやケーキに使われるシナモンやメイプルシロップも森林からもたらされる食品です。森林資源科学科では、学生たちの自主的な活動や卒業研究において、これらの食品をバイオマスから生産する取組を進めています。
-
木材を分解して生育するシイタケやエノキタケなどのキノコは、バイオマスが食品に変身する代表格といえます。現在食卓に並んでいるキノコは、木紛(ノコクズのようなもの)を使って屋内で栽培されています。「レイシ」というキノコは、医薬品にも利用されています。 -
白樺などの広葉樹のバイオマスから作られるキシリトールは、ガムやキャンディーで使われています。広葉樹のカエデからはメイプルシロップが収穫できます。学生たちの自主活動でメイプルシロップの森づくりが始まっています。 -
アイスクリームやケーキのバニラ味は、スギやモミなどの針葉樹のバイオマスからつくられる「バニリン」の香りです。他のバイオマスの香料ではシナモンが有名ですが、これはクスノキ科の木材の樹皮から作られます。学生たちの自主活動でシナモンの森づくりが始まっています。