食ビの人々

二瓶 徹 Toru Nihei 株式会社テロワール・アンド・トラディション・ジャパン
1997年度卒業(代表取締役)

ひとつの食べ物がきっかけで地域全体の活性化につながることも。食の可能性は無限大です。

今までの経歴について教えてください

現在の生物資源科学部食品ビジネス学科は、私が入学したときは農獣医学部食品経済学科という名称でした。1年次に「食料経済」という授業を受け、生産から消費までのフードシステムというものを初めて知り、「何ておもしろい世界なんだ!」と衝撃を受けました。そして、もっとこの分野を深く勉強したいと思い、大学院に進学することを決めました。ですから、1998年3月に食品経済学科を卒業し、直ちに大学院に進学。その後、元農林水産省所轄で、食品産業の健全な発展と新しい社会的課題を解決するためにさまざまな事業を行なっている「食品産業センター」(東京)に就職しました。そこで勤務していく中で、学際的な視座が必要と感じ再び大学院に入り、博士前期課程で「政策科学」、博士後期課程で「公共政策学」を学びました。いろいろな学問からひとつの研究テーマを捉えていく学問で、先生方も農学、社会学、経営学などさまざまな分野の方がいて、実におもしろかった。物事を多面的に見ることを学びました。そして、大学の研究所の研究員として在籍しつつ食品産業センターにも勤務。2005年、全国各地の伝統的な食品を認定する「本場の本物」の制度策定に携わり、2015年に全国の生産者共同出資型法人である「テロワール・アンド・トラディション・ジャパン」を設立しました。

起業にいたるまでの経緯について教えてください

実は起業する気はまったくありませんでした。社長になったのはまさに青天の霹靂です。2014年、食品産業センターに勤務していたとき、私は翌年に開催される食をテーマにした初めての万博「ミラノ万博」の公式サポーターに任命され、日本の食文化をどうやって世界に向けて発信するかを、地域の生産者の方々とずっと考えていました。いろいろとディスカッションをしていくうちに、発信することも大事だけど、そのあとのことのほうがもっと重要。発信しっぱなしではダメで、認知してもらってそれをきちんと売上につなげないとこの産業はすたれてしまう……という話題で熱くなりました。でも、食品産業センターは財団法人のため、基本的に利益を追求する仕事はしません。熱く語る私に生産者の方々から「だったら二瓶君、腹をくくってくれない?」と言われまして……。腹をくくるって何のことだろうと思っていたら、食品産業センターを辞めて、会社をつくって、売り方までを考えましょうということでした。みなさんの熱意、そしてもちろん私自身もやりたい気持ちがあったので腹をくくることにしました(笑)。ただ、会社としての仕組み上、社長にはなるけれど、決して私の会社ではなく、みんなの会社であることを明確にしたかったので、地域の伝統食品メーカーなどによる共同出資会社という形にすることにこだわりました。

会社の主な事業内容を教えてください

これまで起業にいたるまでの経緯をお話ししたのでだいたいのことはお分かりになったかと思いますが、簡単にいえば食品商社です。ですが、単なる商社ではありません。各地域のその土地で育った食材で作られたもの、昔から受け継がれて作られてきた食べ物などの価値を明確にし、ブランド管理して、国内外へ「価値あるもの」として送り出す役割を担っています。たとえば、ある土地に昔から伝わるおいしい漬物があったとします。昔はその漬物を作る人はたくさんいたのに、漬物を食べる人が少なくなり、自ずと売り上げも減ってしまう。その結果、跡を継ぐ人もいなくなってしまい、作り手はおじいさん一人だけになってしまった。こういうところで、私たちは地域の人と一緒になって、まずは自分たちが作る漬物の価値は何なのかを考える。そして、その価値を理解してくれる人がどこにいるのかを考える。それを踏まえ、漬物を商品として売り出す仕組みを考えるんです。そうすることが漬物を作る人を育てることにもつながります。また、売り出す先は国内ばかりでなく、フランスへ輸出もしています。今、和食は世界的にブームです。もちろんフランスも例外ではなく、日本食レストランは大人気。それらのレストランへ日本で作っている伝統的な食材を販売しています。フランス人は食に造詣が深いので、私たちが扱っている伝統的な製法を守って、風土に根ざした食材にはとても興味を抱いてくれます。

仕事をする上でのやりがいや大変なことを教えてください

地域のあるひとつの食品に関わる中で、その地域の生産者と一緒に収益が上がる仕組みを構築した結果、後継者ができたり、雇用が増えたりなど、地域全体の活性化につながっているところを見続けていくことはとても楽しいです。それと、今我々の会社では1年に1回、フランスの取引先様から、日本の生産者向けにビデオレターを送ってもらっています。普通、生産者は自分たちの作ったものがどんなお店で使われているのかまでは分からないことが多いですが、それが使っている相手が分かって、自分たちに商品のことをどう思っているかといったメッセージをくれる。これが生産者の力になるので、すごく嬉しいです。
この会社は、ある意味、社会的課題に寄与するビジネスをするため、生産者から頼まれていないことをやる会社です。生産者にとっては、お節介やありがた迷惑と思われることもあると思います。しかし、そこを丁寧に説明し理解してもらい、協働で取組むことが非常に重要なポイントとなります

食品ビジネス学科(旧:食品経済学科)をめざした理由を教えてください

本当は、美術に興味があったので美術系の大学へ進学したかったんです。でも、母に反対されまして、さてどうしようかと考えていたときに、父に「私たちの生活に関わる衣食住のなかで、いちばん大切なことは何だと思う? まずは食べていかないことには人間は生きてはいけないよな……」というようなことを言われ、そこで「食」に関わることを学ぼうと決意しました。

大学時代に学科で学んだ思い出にはどんなことがありますか?

1年次に受けた「食料経済」の授業が私の今の仕事につながるスタートだったように思います。この授業を受けていなかったら、今の私はなかったでしょう。卒業して数十年たった今、他大学で「食料経済」や「フードシステム論」という授業を担当していますが、とても不思議な縁を感じます。学生時代、フードシステムについてもっと知りたい! もっと勉強したい! と思わせてくれた髙橋正郎教授には、大変感謝しています。

今後の展望について教えてください

日本の地域食材をもっと世界へ広めたいですね。2020年2月には、ドイツのデュセルドルフに現地法人設立し、自分たちが作ったものを自分たちで輸出し、自分たちで輸入することになりました。ドイツのデュッセルドルフを起点にオランダにも展開していくなど、新しいビジネスモデルを構築しています。このビジネスモデルを独占する気はまったくなく、多くの人に知ってもらい、真似してもらって、このような地域食材で地域課題がどんどん解決されていけばいいと思っています。

最後に、学生の皆さんにメッセージをお願いします

これから日本は少子高齢化となり、厳しい時代になるでしょう。だからこそ、視野を広く、自分は何をすれば社会のために役立つかということをよく考えるべきだと思います。それを見つけるのに、さまざまなボランティアをしてみるのもいいと思いますが、そのヒントは意外と身近なところに落ちているかもしれません。

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