チャールズ・ダーウィンは,嫌悪感には進化上の意義があると提唱しました.私たちは異臭のする食べ物に対して”おぇ”となるとき,腐ったものや有毒なものを口にしてしまう危険を回避しているのかもしれません.こうした健康を維持するための本能的な振る舞いは,人間だけでなく,自然界に暮らす生き物たちにも備わっていることが少しずつ分かってきました.
本研究では,北海道八雲町の日本大学演習林において,自動撮影カメラを使用し,アライグマの死体で孵化したウジがスズメ目鳥類に捕食される様子を詳細に観察しました.この結果,ウジは12種の鳥類によって捕食されていることが分かりました.興味深いことに,これらの鳥類はウジが死体に留まっている間はほとんど手を付けず,蛹化のために死体の外へ分散し始めてから盛んに食べるようになりました.まるで,ごちそうを目の前にしているにも関わらず,腐った死体に”おぇ”となり,直接触れることを避けていたかのようです.鳥類はばらばらに散らばって土に潜り始めたウジを掘り返しながら食べることが多く,結果としてウジの大部分は捕食から免れていたことが明らかになりました.大まかな推定の結果,4kgの死体からは約24万頭のウジが発生し,このうち鳥類によって捕食されたのはわずか1%でした.
本成果は,2024年6月19日(現地時刻)に国際学術誌Biology
Lettersにオンライン掲載されました.
https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rsbl.2024.0069
図1. カメラトラップで撮影されたスズメ目鳥類.
動物の死体は,脊椎動物や昆虫,微生物に至るまで様々な生き物に利用される栄養豊富な餌資源です.一方で,死んだ動物はそれ自体が病気や寄生虫を保持している可能性があり,消費には大きなリスクが伴うこともあります.こうした特徴から,死体由来の栄養やエネルギーのゆくえは,その死体タイプ(※1)によって異なることが報告されています.例えば,哺乳綱食肉目は大半の種がスカベンジャー(※2)として知られていますが,かれらは同種や近縁種の死体の消費を避ける傾向があります.このため,偶蹄目(シカなど)の死体は通常これらのスカベンジャーによってすみやかに除去されるのに対して,食肉目(キツネなど)の死体は生態系に長期間残存し,ほかの利用者,とくに死肉食性ハエ類(※3)にとっての重要な繁殖資源となります.そして,ここで孵化した大量のウジ(ハエの幼虫)は,高栄養価かつ入れ食い状態であり,昆虫食者にとって魅力的なごちそうとなる可能性があります.しかし,死体に群がるウジの体内や体表には,増殖したサルモネラ属菌や大腸菌などの病原体が存在している危険もあるかもしれません.我々は,ウジの捕食がたびたび観察されている一方で,死肉利用に適応していないスズメ目鳥類を対象に,鳥類とウジの「食う食われる関係」が病原体の感染リスクによってどのくらい制限されているのかを調査しました.
北海道八雲町の日本大学演習林で,自動撮影カメラ(※4)とアライグマの死体を使用して,スズメ目鳥類によるウジの捕食を調べました.取得したすべての動画データを注意深く観察し,①ウジを捕食した鳥類種,②個体ごとのついばみ行動(※5)の回数とそのタイミング,③くちばしが死体に直接触れたかどうか,を記録しました.また,死体1頭あたりどのくらいのウジが孵化し,そのうち何割が鳥類に捕食されているのかを調べるために,ウジ捕獲装置を自作してアライグマの死体で孵化したウジを全頭回収しました.回収したうちの1カップ分の個体数を数え,重量との比から総個体数を推定しました.
これらの結果,12種(5科8属)のスズメ目鳥類がウジを捕食していることが分かりました(図1).これらの鳥類によるついばみ行動は,ウジの分散(※6)前にはほとんど見られず,蛹化のために死体の外へ分散した後に頻繁に観察されるようになりました(図2).強い腐敗臭の伴う分解が活発な期間には,ウジがたくさん湧いている状態であっても,死体から直接食べることはありませんでした.また,観察された個体の多くは幼鳥でした.推定の結果,4kgの死体からは約24万頭のウジが発生しており,このうち鳥類によって捕食されたのは約1%であることが分かりました.
我々の結果は,死体に存在する病原体の感染リスクが,死体を直接利用しないスズメ目鳥類にまで影響を及ぼしていることを示唆しています.ウジは3齢幼虫に達したあと,死体から離れて蛹化するまでの間に,素嚢に蓄えた内容物を徐々に消化・排泄することが知られており,ウジが保有するリスクも分散とともに低下していたと考えられます.鳥類の非効率な採食行動は,結果的にこうした病原体の感染リスクを回避していた可能性があります.一方で,少量の病原菌や微生物の産生する毒素がウジの体内に残存することもあり,リスクが完全に消失するわけではありません.幼鳥個体が頻繁に観察されたことは,成鳥と比べて採食経験が浅く,リスク認知能力と資源獲得能力の両方が相対的に未熟であり,より大胆な行動を取りやすかったためかもしれません.
図2.
スズメ目鳥類による死体訪問とついばみ行動の時間変化.△はヒタキ科の幼鳥個体を示す(トラツグミを除く).
※1
死体タイプ:死体の分類群(シカの死体は偶蹄目,キツネの死体は食肉目など).
※2
スカベンジャー:死肉食者.陸域では主に脊椎動物の死体を餌資源とする脊椎動物のことを指す.
※3
死肉食性ハエ類:双翅目クロバエ科・ニクバエ科に属するハエの総称.動物の死体や糞で繁殖.
※4
自動撮影カメラ:動物の熱と動きを感知して稼働する赤外線センサー内蔵のカメラ.
※5
ついばみ行動:鳥が餌を摂取するための動作.頭を下げてから元の位置に上げるまでを1回と定義.
※6
ウジの分散:死肉を消費して成長したウジが蛹化のために一斉に死体の外へ分散していく現象.
タイトル:Infection risk associated with carnivore carcasses may
govern trophic interactions between maggots and insectivorous passerine
birds
著者:橋詰茜(日本大学大学院生物資源科学研究科),幸田良介(大阪府立環境農林水産総合研究所
生物多様性センター),中島啓裕(日本大学 生物資源科学部)
掲載誌:Biology Letters
DOI:10.1098/rsbl.2024.0069
本研究はJSPS科研費JP18K06430および日本大学生物資源科学部の助成を受けたものです.
中島啓裕(なかしまよしひろ)
日本大学生物資源科学部
E-mail:nakashima.yoshihiro[at]nihon-u.ac.jp
X:[at]NU_forestanimal