4回ライチョウ会議活動報告資料(200396-7日、東京農業大学
野生ライチョウに認められたロイコチトゾーン感染

村田浩一(日本大学・生物資源科学部・野生動物学研究室)

わが国の高山地帯に生息するライチョウ(Lagopus mutus)の血液中からロイコチトゾーンを検出した。日本産ライチョウのロイコチトゾーン感染は初報告である。検査対象個体は、2002年4月21日から22日に立山室堂平( 標高約2,450m、緯度36°35'、経度 137°36')および同年6月に爺ヶ岳( 標高約2,550m、緯度36°35'、経度137°45')で捕獲したライチョウ9個体(雄7、雌2)であった。4月捕獲個体では5個体中4個体(80%)、6月捕獲個体では4個体中全個体(100%)、合計9個体中8個体(88.9%)の標本に、本原虫の生殖母体であるマクロガメートサイトおよびミクロガメートサイトを認めた。白血球約400個に対する感染細胞の割合は0.32〜12.1%、Ashford scaleによる分類は1〜3であった。その他の血液原虫の混合感染は認められなかった。一方、比較のため7月と10月に検査した飼育下繁殖のライチョウ3羽に血液原虫感染は認めなかった。高い陽性率にも関わらず感染個体は外見上健康で、血液学的検査でも原虫感染に起因する顕著な貧血傾向は認められなかった。
マクロガメートサイトは暗青色に染色され細胞質中の空胞と淡桃色に染まる核により特徴付けられた。マクロガメートサイトと比してミクロガメートサイトは淡青色を呈し、び慢性に拡大する核を有していた。感染に伴い宿主細胞は著しく変形しており、いくつかのパターンが認められた(Fig. 1)。偏在する変形した宿主細胞核の形態から、白血球寄生が疑われたが、詳細は不明であった。マクロガメートサイト(n = 63)の長径および短径は、2.2-27.0mm(17.6±4.3mm)× 5.9-16.1mm(10.9±2.7mm)、ミクロガメートサイト(n = 64)では、15.2-28.7mm(22.6±3.2mm)× 4.7-25.4mm(9.4±3.2mm)で、後者のほうがやや強い楕円を呈していた。マクロおよびミクロガメートサイトに感染した宿主細胞は長軸上の両端が伸長していた。完全に成熟したガメートサイトが多く、幼弱なものは認められなかった。以上の形態的特徴およびガメートサイトの計測値から、日本産ライチョウから検出されたロイコチトゾーンは英国のアカライチョウ(L. scoticus)で報告されているL. lovati(= L. bonasae)であると考えられた。現在、他の野鳥由来のロイコチトゾーンも含めて遺伝子レベルでの系統解析を進めている。また、媒介昆虫と考えられるブユについても、分子生物学的手法を用いて媒介の証明と本原虫の保有率について調査研究する予定である。
 今回の調査では9個体中8個体からロイコチトゾーンが観察されるという高い陽性率であった。アラスカにおけるライチョウ(L. mutus)のLeucocytozoon sp. 感染例では162個体中144個体(90%)の感染が報告されている。これらの高感染率は、ライチョウにおける本原虫の病原性の低さをあらわすものかも知れない。しかし一方で、繁殖率やヒナの初期死亡との関連を示唆する報告もあることから、希少種であるライチョウの保護管理を目的とした本原虫に対する調査研究および健康モニタリングの継続は必要であると考える。今後は、立山室堂および爺ヶ岳以外の個体群において感染状況を調査し、ロイコチトゾーン感染率における地域性や病原性の有無も検討したい。