7.分子系統学

 昨今は,DNAを用いた実験が簡便に行えるようになり,各研究分野でゲノムプロジェクトが遂行され,野生動物に関しても例外ではなくなってきました.特に野生動物の分野では,系統進化を調べるために,DNAを用いた分子系統という研究が飛躍的に普及しています.
 まず,分子(DNA)がなぜ系統進化に有効なのかを説明する必要があるでしょう.分子の実験が普及するまで,系統進化の研究は形態や発生様式などに頼っていました.特に形態は,様々な形質を調べ,どの形質が共通祖先から受け継がれたもので,あるいはどの形質が共通祖先から変わってきたのかを査定し,それをもとに系統進化のパターンを作り上げていました.しかし形態形質を査定するには,研究者の主観が入ってしまったり,取り上げる形質そのものが恣意的に選ばれているため,誤ったパターンを導き出す可能性も少なからずありました.近年になって分子の研究が進んでくると,分子には,時間の経過とともにある変異が蓄積されてくることが判明してきました.そこで具体的にその内容を説明していきます.DNAにはA,T,G,C,の4つの塩基が含まれており,遺伝子ではこれらの塩基が特定の組み合わせを作ってアミノ酸をコードしています.つまり,塩基の配列が遺伝情報となっているわけです.ところがこの遺伝情報,時間の経過とともに複製ミスが起きます.例えば....ATGCCTA....という配列があったとします.これがある時間が経過すると,....ATGCTTA....と,CがTに置き換わります.これが塩基置換とよばれる現象です.このような塩基置換が,一定の時間に一定の数だけ起こることが理論的に説明され,よって分子は時間の経過とともに変異を蓄積することから,「分子時計」としての役割を担うことになったのです.
 この分子時計を用いると,ある2種の生物間における塩基置換の割合から,どのくらい前に(何万年前に)2つの種が共通祖先から分岐したのかを推定することが可能になるわけです.このロジックによって分子系統という研究はこの10年ほどの間に急激に行われるようになってきました.
 ところが,ここで一つ注意しなくてはなりません.私たちは文明の利器を利用して分子の情報を手に入れることができるようになりましたが,それでも塩基配列の情報が明らかになっているのは僅かです.ショウジョウバエやマウス,ヒトなどでは細胞内のDNAにおける全塩基配列がおおよそ分かっていますが,野生動物に関してはまだまだです.ということは,分子の情報といっても,実は何十万,何百万分の一しか分かっていないことになります.したがって,そのような断片的な情報から得られる系統進化のパターンというのはあくまで参考的な資料であり,絶対的なものではありません.また,過去は復元できませんから,検証のしようもありません.あくまで推定でしかないのです.分子系統を盲目的に受け入れてしまうと,とんでもないミスを犯しかねません.さらに,我々のような哺乳類では,一般に父方・母方の両方から遺伝子を半分ずつ受け継ぎます.一方,ミトコンドリアDNAは母方からしか伝わりません.したがって,遺伝様式の異なるDNAを同じ土俵で比べることはなかなか困難ですし,DNAの系譜は,実は単純ではないことが容易に推察されるでしょう.つまり,DNAの系統はあくまでDNAの系統であり,必ずしも種の系統を反映しているとは限らないのです.
 

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