6.系統地理学

 種の存在は分かってきましたが,その種を構成している構成員はどのように存在しているのでしょうか?
 前にも述べたように,種は生殖的隔離によって定められています.ということは,同じ種に属する仲間は皆自由に繁殖が可能であるはずです.しかし,実際に各個体は一様に分布をして規則正しく繁殖しているわけではありません.例えば動物では,生きていく上で必要な餌資源が豊富にあることが重要で,実際には,その資源を供給できる環境に棲息しています.ですから,一様に分布しているのではなく,分布域の中には密度が高いところと低いところが少なからず出てきます.また,同じ種であっても,地理的に隔離された場所では,往来ができなくなってしまいます.小動物にとっては河川は大きな障壁です.対岸に自分と同じ仲間がいたとしても,繁殖をすることは物理的に不可能です.このような地理的隔離は,内因的な生殖的隔離とは異なり,外因的であるため,種を設ける指標にはなりません.しかし,長い間地理的隔離によって交流が絶たれてしまうと,それぞれのグループに独自の変異が起こってきます.そのような変異は,見た目に分かる「表現型」に出てくることもありますが(例えば色が変わったり,大きさが変わったり),一般的には,彼らが持つDNAに刻まれてきます.
 DNAは遺伝情報を伝える重要な役割を負っています.我々の細胞にもDNAは蓄えられていますが,遺伝子として機能する部分と,ガラクタDNAとして機能を持たない部分とに分けられます.遺伝子としての機能を有する部分にはほとんど変異は起こりません.もし変異が起こると,その遺伝情報が誤った機能をもたらす可能性があるため,生存上大きな影響があるかもしれません.一方で,ガラクタDNAの部分に変異が起こっても何ら影響はないので,このような部分に変異が蓄積してくることが知られています.DNAには,ある一定の時間経過に伴って変異が起こることが知られており,別名「分子時計」ともいわれます.つまり,DNAに蓄積した変異を逆算することで,どれくらいの時間が経過したのかを推定することができるのです.つまり,河川の右岸と左岸で離ればなれになってしまった生物について,それぞれの間に観察されたDNAの変異を基準にして,彼らがいつ頃河川によって分断されたのかを推定することが可能なのです.
 同じ種でも分布が一様ではないため,各地域の個体が有するDNAに起こった変異の状態を観察し,それらを数学的に処理することで,その種がいつ,どのように分布を展開し,個体群を形成していったのかを推定することができます.このような研究分野を系統地理学(phylogeography)といいます.系統地理学に必要なものは,各地域個体群を構成している個体の遺伝的な特徴や形態的な特徴,および地域間に存在する地理的な要素です.


(Iwasa and Abe 2006より,ミトコンドリアDNAの塩基配列をもとに推定した,カワネズミの個体群展開)

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