5.生物地理学
生物学は英語でbiology,地理学はgeographyといいます.この両方を足したものが生物地理学biogeographyとなります.一見,生物と地理にどんなつながりがあるのか,ピンと来ませんが,実はかなり深い関係にあるのです.
どんな生物でも,地球上のどこかに「分布域」というのを持っています.ペットや農作物,外来生物は人間の影響によるものなので例外ですが,在来生物に関しては,自然の摂理によってその分布域が定められています.例えば日本列島には二種のクマ類が棲息しています.北海道にはヒグマ,本州以南にはツキノワグマが分布するのは比較的有名な話です.ではなぜ,北海道にツキノワグマがいないのでしょう? それは,個々の生物種が繁栄して適応放散した時代がそれぞれ異なることに起因しています.そこで生物の分布に大きな関わりを持ってくるのが土地の歴史である「地史」なのです.
日本列島は昔,ユーラシア大陸の一部でした.しかし長い年月の間に地殻変動と海水面の変動などが繰り返され,現在の日本列島になったと考えられています.この変遷の間には,何回かの氷河期(氷期)もありました.氷期には地球全体の温度が低下するため,現在よりも凍土や氷河の量が多かったことが知られています.地球上にある水の量は変化していませんから,氷が増えるということは,液体である水が減ることを意味しています.つまり,海水や河川,湖沼などが凍ってしまうと,その分,水面の高さが下がってしまうわけです.例えば海水面が上下する幅は,多いときには数十メートル以上にもなります.そうすると,海底まで2,30メートルしかない浅瀬の海峡では,海水面が50メートル下がると,海峡部分が陸続き,すなわち「陸橋」となって橋の役目を果たし,生物たちが自力で渡れるようになります.一方,地球が温暖化してくると,凍土や氷河が溶けだし,液体成分が増加して海に注ぎます.そうなると海水面は上昇してくるわけです.特に日本列島は島国ですから,四方を海に囲まれています.しかし場所によってその深さは様々で,海水面の変動によってはユーラシア大陸と陸続きになったり,ならなかったりしたのです.このような地史における地形の変化が生物の分布に影響を与え,その結果現在の分布域が成立したと考えられるため,生物と地理との関係を調べる学問分野を生物地理学と呼ぶのです.
先にも述べたように,日本列島は島国です,ということは,現在日本列島に分布している生物は,何らかの地理的影響を必ず受けています.海だけではなく,特に分散能力の低い小さな動物にとっては,河川や山脈も分布の拡大に大きな障壁となります.地理的な要因は,私たちが想像する以上に,生物にとっては大きな脅威として立ちはだかっているのです.
北海道に分布するヤチネズミ類3種の分布域.