4.タイプ標本

 系統分類学が何を目指す学問か,ということが次第に理解されてきたと思います.ここで,実際に系統分類学がどんな仕事をしているのかを説明しておく必要があるでしょう.
 系統分類学において,新種記載をするということは非常に重要な仕事です.それは新しい戸籍を作ることになるからです.しかし新種記載は適当に行われるものではなく,ルールに則って進められなければなりません.新種記載に重要なものは「原記載」と「タイプ標本」です.原記載とは,新種であることを科学的に述べた論文のことです.論文という形式で世に公表することが必要なわけです.さらにもう一つ,新種と認めたときに,その基準となった標本を指定して原記載に記述しなくてはなりません.この基準になった標本を「完模式標本(holotype specimen)」といいます.一般にはタイプ標本と呼ばれる非常に重要なものです.
 学名の付けられた全ての生物には,このタイプ標本が存在します.タイプ標本は,科学研究のために,いつ,誰でも利用することが可能でなければなりません.つまり,タイプ標本を所蔵する博物館等は,きちんとその役目を負い,標本の管理を徹底する義務があるのです.論文の記述は人間が書くものですから,もしかしたら勘違いや間違いがあるかもしれません.しかし,標本は「現物」ですから,真実を語る唯一の実在といえる訳です.標本さえあれば,もし原記載がおかしかったとしても,その後の再検討は真っ当に行うことができます.標本の持っている重要性は大きいのです.
 一般に博物館は,剥製が整然と鎮座した展示施設であると思われがちですが,それはとんでもない誤解です.展示しているのは実は所蔵品のごく一部です.博物館には所蔵庫と呼ばれる収蔵施設があり,そこには展示品の何十,何百倍の学術標本が保管されています.展示標本というのは,あくまで来館者に対して目で楽しんで興味を持ってもらうためのもので,いわば「捨てごま」のようなものです.本当に重要な標本は決して展示はしません.空調の利いた収蔵施設に大切に保管されています.つまり博物館は,初学者の皆さんへ興味を持ってもらうための展示施設であると同時に,研究の最前線として学術標本を保管・提供・研究するための研究施設でもあるのです.
 

 

カゲネズミEothenomys kageus Imaizumi, 1957の完模式標本(国立科学博物館所蔵)

トップページにもどる