2.学名と和名

 普段私たちは,生物を認識するときに,日本語で「イヌ」「カラス」「クマ」という言葉で理解します.これは社会通念として通用しますが,あくまで日本語ですので,日本語圏以外の国ではちろん通用しません.英語では「イヌ=dog」「カラス=crow」「クマ=bear」ですが,カラスにもハシブトガラスやハシボソガラスがおり,カラスという言葉自体はカラスの仲間を指すということになってしまいます.例えばハシブトガラスは英語でjungle crow,ハシボソガラスはcarrion crowといいますが,これらも英語圏でしか通じない言葉です.そこで,万国共通の名前として世界中の生物学者が平等に理解できるように設けられた名前が「学名」ということになります.動物の場合,学名をつけるには「国際動物命名規約」に則ってつけることになています.
 学名は,万国共通,平等性を保持するために,基本的にラテン語でつけることになっています.ハシブトガラスの学名はCorvus macrorhynchos,ハシボソガラスはCorvus coroneです.一方,和名や英名は「俗名」ともいわれ,何らかの規則に則ったものではなく,社会的・文化的に理解できる範疇で呼ばれているものに過ぎません.したがって,学問的に意味のある名前は,学名のみということになります.ただしこの学名,生物の学問上,非常に重要であると同時に,非常に難解でもあるのです.
 学名は通常,新種記載された際に命名されます.これが戸籍の始まりです.しかし,月日が流れ,様々な知見が蓄積してくると,この戸籍が間違っていたり,あるいは他のものと同じだったりすることがあります.例えばある動物が新種Aとして記載されます.しかしその後の研究で,実はそのAという動物が別のBという動物の幼生であった,というようなことがしばしば起きるのです.そうしますと,AはBに統合されることになり,Aの学名はBの同物異名ということで棄却されることになるのです.新種として記載され,その後未来永劫,学名は変わらないということはほとんどあり得ない,といっても過言ではありません.このように系統分類学は,つけられた学名が正しいかどうかを常に検証し続けるという責務があります.100年も200年も経ってから,実はその学名は違っていた,なんてことも起こりうるのです.科学史と科学の共存する学問,それが系統分類学です.
 ここで動物の学名表記の仕方について簡単に説明をしておきます.

Eothenomys andersoni (Thomas, 1905)
Clethrionomys rex Imaizumi, 1971

 二語名法による学名表記は,「属名+種小名」の二語で表すもので,属名・種小名ともにイタリック表記(斜体)で,属名の頭文字は大文字,種小名の頭文字は小文字で表します.種小名の後に人名と年号がついていますが,これは必要に応じて記述します.ちなみに人名は新種として記載した人の名前,年号は新種記載された年です.人名・年号がカッコ表記されていたり,いなかったりしますが,これも意味があります.新種記載された当時と現在の表記で属名が異なっている場合には,人名・年号をカッコでくくって表記します.上記のEothenomys andersoniの場合,Oldfield Thomasという研究者が1905年に新種として論文誌上に公表したのですが,その際は学名がEvotomys andersoniとされていました.
 なお三語名法の場合は,「属名+種小名+亜種名」となり,三語で表します.亜種名は種小名と同様イタリック表記で,頭文字は小文字で表します.

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