1.系統分類学講座
系統分類学....何とも堅苦しい,古典的な響きのある言葉です.現代の生物学においては,遺伝子とかDNAといったキーワードの方が耳慣れしていますから,系統分類学というのは実に古くさい感じがする学問,という印象かもしれません.
私たちは日頃の生活で,犬や猫を何気なく「イヌ」「ネコ」と認識することができます.カラスやスズメにしてもそうです.私たちは幼少の頃から今日までのどこかで,「ワン!」と鳴く動物を「イヌ」と覚え,「ニャー」と鳴く動物が「ネコ」であることを知ったはずです.もちろん誰かが教えてくれたわけですが,そこに何ら疑問を抱くことなく大人になった現在まで過ごしてきています.しかし,もしこれまで見たことも聞いたこともない生物に出会ったときには,その生物をどのように解釈すればいいのでしょう?
私たちが学問的に生物を扱うとき,その対象生物が一体何の仲間なのかを知る必要があります.人間でいう戸籍です.私たち日本人は,一人一人「姓」と「名」を持っています.そして,手紙がきちんと届くように,住んでいるところの住所を持っています.つまり,「....県....市.....丁目.....番地のxxxxさん」と書いた手紙をポストに投函すれば,必ずその相手に届けることができるようになっているのです.このようなシステムを生物に対して設け,それぞれがどのような仲間に属し,どういう位置付けにあるのかを簡単に理解できるようにしましょう,というのが系統分類学が目指すところです.
系統分類学では,その作業がいくつかの段階に分かれています.まず,未知の生物については,その生物がどの戸籍に入るのかを調査し,戸籍を決定します.と同時に,それ以降は,その戸籍が妥当であるのかどうかを監視する役目も生じます.一度戸籍を決定したら,それで終わりというわけではありません.また,他の生物との進化学的な関係,すなわち血縁関係も戸籍を決定する際の重要な情報ですから,戸籍間の系統を知る必要も出てきます.よく,未知の生物が発見されると「新種記載」というニュースを耳にしますが,系統分類学では,その「新種記載」は単なる学問の始まりに過ぎません.新種記載以降の研究が重要といっても過言ではありません.
いくら系統分類学が重要といっても,世間はなかなか認知してくれないのが実状です.時代は生命科学や遺伝子工学などのゲノムのハイテク時代に突入し,系統分類学は過去の遺物のように扱われることがあります.その理由は,遺伝子工学などの分野では,すでに戸籍のはっきりとした生物しか研究対象にしていないからです.しかし,地球上の生物が何百万種いるのかは見当もつきませんが,そのほとんどは戸籍の付けられていない未知の生物です.比較的研究の進んでいる先進国は別として,アフリカの大地や熱帯雨林,極地方,海洋などは,未知の生物の宝庫です.生物の分類体系は,それらの未知の生物がわかるまで完結を迎えることはありません.つまり系統分類学は果てしなく続く旅なのです.
ところで系統分類学は「科学(サイエンス)」ではない,と揶揄されることがあります.単に生物の戸籍を作っているだけで,科学的な検証をしているわけではない,と後ろ指を指されることもしばしばです.しかし,それは大きな誤解です.確かに生物の戸籍は作っていますが,その戸籍が妥当であるかどうかを調べることは立派な科学です.科学とは,ある仮説に基づいて,研究目的を解明することにあります.系統分類学では,この仮説が現在設けられている戸籍であり,この戸籍を検証しているという点で系統分類学はサイエンスなのです.