Laboratory研究室・教員

人獣共通感染症の研究「猫ひっかき病の病原体の分離と予防・診断

教授 丸山 総一(獣医公衆衛生学研究室)

 「猫ひっかき病」をご存じでしょうか。

 文字通り,猫にひっかかれたり,かまれるとかかる病気で,傷口が赤くはれ,その後10日ほど経つと発熱し,手ならわきの下,足なら足の付け根といった具合に受傷部位に近いリンパ節が卵ほどの大きさにはれてしまいます。重篤化することはあまりないのですが,発熱,倦怠感,リンパ節炎などの症状がいつまでも続きます。狂犬病やサルモネラ症,オウム病などと同様,動物と人の間で感染する,いわゆる人獣共通感染症の一つです。

 日本大学 獣医学科の獣医公衆衛生学研究室は日本で初めて,猫からバルトネラ・ヘンセレー菌の分離に成功しています。その6年後には,非常に難しいといわれた患者のリンパ節からの分離にも成功するなど,日本ではこの病気の疫学研究で先端を走っています。2005年にはこれらの業績が認められて日本獣医学会賞を受賞しました。

 バルトネラ・ヘンセレー菌は猫の赤血球の中におり,ネコノミが媒介します。猫の血を吸ったネコノミが菌を含んだフンをし,その猫が口で足や身体をグルーミングした際,つめや口の中に菌が付着するのです。そうしたつめでひっかかれたりして人に感染するのです。

 猫ひっかき病は医師から保健所などへの届出が必要でないため,日本では正確な患者数を把握するのが難しいのです。獣医公衆衛生学研究室の調査では,飼い猫の約1割が保菌している実態が明らかになってきました。日本には今,約1300万頭の猫が飼われているといわれ,ベットブームで人間と動物の距離が近くなる中,130万頭が潜在的な感染源となっているのです。

 だが,血清診断の際に必要とする抗原の作製や判定が難しく,患者を猫ひっかき病と確定診断を下せる施設は獣医公衆衛生学研究室を含めて全国で1,2カ所しかないのが現状です。さらに,菌を持っている猫は無症状で,病原体が血液の中で出現したり消失したりするため通常の検査では見つけにくいのです。こうした問題を解決するため,迅速,簡便にできる診断法の開発に研究室を挙げて取り組んでいます。

 人と動物の間をつなぐ獣医学の中でも,特に人とのかかわりの深い獣医公衆衛生学の分野で役に立ちたい,また,全国で活躍している多くの卒業生に研究成果を還元したいと考えたのが研究の出発点でした。猫ひっかき病に始まり,今は野ネズミや鹿などの野生動物が保菌するバルトネラ菌やオウム病の原因菌のクラミジアなどの研究にも着手しています。

 「ジリスやシマリスなどの輸入げっ歯類が,日本では見られないバルトネラ菌を高率に持っています。手に余った飼い主がペットを野に放つ話を耳にしますが,これらから在来の動物へうつり,さらに人へと感染することも考えられるのです。」こうしたペットの飼い主への啓蒙の必要性も丸山教授は感じてます。

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