演習林情報

  1. 演習林情報・水上演習林観察日誌

水上演習林観察日誌


水上演習林観察日誌35

 今年の台風は1号が7月3日発生と1951年統計開始以来2番目に遅い発生となりました。また、台風10号は8月19日に発生後迷走し、8月30日に統計開始以来初めて岩手県に上陸しました。岩手県と北海道では記録的な大雨になり被害が出ました。11月24日には東京都心で1875年観測開始以来初めて積雪を観測しました。今回は樹木の種子散布の方法と谷川岳一ノ倉沢について紹介します。

種子散布2

 前回(水上演習林観察日誌31)水上演習林樹木種子の重力散布・風散布について紹介しました。今回は動物散布・水散布・自発散布について紹介します。

動物散布

 動物散布は動物に種子を運んでもらい分布を拡大する方法です。動物散布の方法には果実が動物に食べられて種子散布する被食型散布、動物による貯蔵食べ物の食べ残しによる貯食型散布、動物の体に果実が付着して散布する付着型散布等があります。

被食型散布(周食型散布)

 被食型散布には動物に果実(果肉や脂質)を食べてもらい、排泄された糞の中に混じった種子によって分布を拡大する周食型散布等があります。周食型散布果実は動物に食べてもらわなければいけませんので多肉質の果実(多肉果)になっています。多肉果はヤマブドウ・サルナシ等の液果、オオヤマザクラ・エゾエノキ等の核果、アズキナシ・オオウラジロノキ等のナシ状果、モミジイチゴ・ヤマグワ等の集合果等に分けることができます。ブナの果実やどんぐり(堅果)は種子が破壊されますので、動物による周食型散布は期待できません。

 動物に食べられ排拙された種子は種皮と果肉が取れるので、自然に落下した果実の種子と比べて発芽率が高くなるという報告があります。種子散布は主に哺乳類と鳥類が携わっています。演習林の周食型散布哺乳類としては霊長目のニホンザル(ホンドザル)、食肉目のキツネ(ホンドキツネ)・タヌキ(ホンドタヌキ)・ニホンツキノワグマ・テン(ホンドテン)・ニホンイタチ・ニホンアナグマ・外来種のハクビシンが生息しています。動物によって採食時期・果実・量、排泄方法・場所が違い、それぞれ特徴があります。周食型種子散布距離は種子の体内保持時間(消化時間)と動物の移動距離によって決まります。水上演習林の周食型散布を写真が撮れた糞を中心に紹介します。

 タヌキとニホンアナグマは同じ場所に糞をする習性があり、ため糞場と言います。タヌキの食性は動物を中心とした雑食性ですが、秋は果実の利用が増えます。タヌキは木に登ることが得意ではありませんので、熟した落下果実を食べます。種子散布距離は400m以内と言う報告があります。

ケンポナシ果実
ケンポナシ果実
ケンポナシ種子4/23
ケンポナシ種子

 ケンポナシの果実は果軸が膨らんで食べられます。

左サルナシ右エゾエノキ
左サルナシ右エゾエノキ
洗ったエゾエノキ種子
洗ったエゾエノキ種子
サルナシ果実
サルナシ果実
サルナシ果皮と種子10/26
サルナシ果皮と種子10/26

 ニホンアナグマの食性はタヌキより動物への依存度が高いと言われていますが、秋は果実の利用が増えるようです。演習林でもタヌキとニホンアナグマがサルナシの落下果実を採食する様子が頻繁に撮影されていました。キツネとテンも同じ場所でサルナシを食べに来ていました。

 テンの食性は雑食性です。夏季以外は多くの樹木果実を食べます。木登りが得意ですが低木の多肉果を主に食べます。種子散布距離は最大5q、平均770mと言う報告があります。

体毛が混じった糞
体毛が混じった糞
果皮が混じった糞
果皮が混じった糞

タヌキのサルナシ採食 9/15

動画(1)

アナグマのサルナシ採食 9/17

動画(2)

キツネのサルナシ採食 8/29

動画(3)

テンのサルナシ採食 9/28

動画(4)

 ニホンツキノワグマ(水上演習林観察日誌11で紹介しています)の食性は植物中心の雑食性です。春は動物の死体・前年に落下しているどんぐり堅果・植物の若葉、夏はサクラ・キイチゴ等の果実・アリやハチなどの昆虫、秋はどんぐりのほかミズキ・アオハダ・ヤマブドウ・サルナシ等の果実を採食します。木登りも得意です。推定種子散布距離は最大22q、平均1250mと言う報告があります。

カスミザクラ果実
カスミザクラ果実
糞6/27
糞6/27
オオヤマザクラ果実
オオヤマザクラ果実
糞7/6
糞7/6
クマヤナギ果実
クマヤナギ果実
糞8/11
糞8/11
サルナシ糞11/8
サルナシ糞11/8
カキノキ種子が混じった糞11/20
カキノキ種子が混じった糞11/20

 演習林の中にはカキノキはありません。

 ブナ・ミズナラ・コナラの堅果は周食型散布には適しませんが、温帯の森林を構成する主要な樹種なので大量に採食することができ、ニホンツキノワグマの冬眠前の食べ物になっています。

ブナ糞
ブナ糞
どんぐり糞
どんぐり糞

 ブナとどんぐりの果皮は消化されていませんが、種子の子葉は破壊・消化されて排拙しています。

 ニホンザルの食性は植物を中心にした雑食性です。種子散布の方法は糞による周食型散布のほか頬袋の中に果実をため込み果肉と種子に分け、5o以上の大きい種子は吐き出すと言う散布も行います。残念ながら種子の混じった糞の写真を持ち合わせていません。文献によると屋久島のニホンザルではヤマモモの周食型散布距離は270m、タブノキの頬袋による種子散布距離は20mと言う報告があります。

 本州以南の食肉目3種による木本果実利用の文献調査(小池伸介・正木隆,2008)が日本森林学会誌90:26〜35に載っていますので参考にしてください。

 本学の中島啓裕先生はマレーシアのボルネオ島に生息するパームシベットの推定種子散布距離を150〜1000mと報告しています。

 鳥類の食性は昆虫食、動物食、果実食、雑食に分けることができます。季節によって食性が変わり、秋から冬にかけて果実食の鳥が多くなってきます。採食果実は色鮮やかな小さな多肉果が中心ですが、キツツキ類・カラス・ムクドリ等の雑食性の鳥は脂肪分に富むウルシ属の乾いた果実も食べます。鳥類は空を飛ぶために体重を増やすことができませんので、その場で吐き出しながら食べるか、すぐ排泄してしまいます。ヒヨドリの種子散布距離は300m以内と言う報告があります。しかし、渡りの途中では数q以上に散布される可能性があります。一部の果実食の鳥類(ハシブトガラス・ムクドリ等)は吐き出したペリットの中に種子を含んでいます。

貯食型散布

 果実を貯蔵し冬の食べ物のない時期に備える動物がいます。果実は土の中や木のうろ等に貯蔵します。貯蔵された果実の食べ残しや食べ忘れられた種子が芽生えて分布を拡大する方法が貯食型散布です。ただし食べ残されるには大量の果実が結実し貯蔵されなければいけません。貯食果実が毎年芽生える訳ではありません。貯食をする動物は齧歯目のネズミ・ニホンリス、鳥類のカケス・ハシブトガラス・ヤマガラ・ゴジュウカラ等です。貯蔵果実としてはブナのほかどんぐり類の堅果、オニグルミ、トチノキ、ハイマツ等です。ブナやオニグルミの種子は脂肪等の養分を多く含み、コナラ属の種子やトチノキは炭水化物等の養分を多く含んでいますので、動物の食べ物になります。

どんぐりを銜えたカケス
どんぐりを銜えたカケス
トチノキ
トチノキ

 貯食型散布の果実は土の中に貯蔵されるので、食べ残された果実が発芽する確率が高いのが特徴です。

付着型散布

 動物の体に果実が付着して分布を拡大する方法です。付着する方法には果実の一部がカギ状等になって動物に付着する植物と、果実の一部が粘液になったり・粘液を出したりして動物に付着する植物に分けることができます。カギ状になって動物に付着する植物は「ひっつき虫」とも言われています。付着型散布果実は草本植物がほとんどです。

 周食型散布と付着型散布を合わせた散布方法をとる樹木にヤドリギ類があります。ヤドリギの果実を鳥(レンジャク類)が採食し、排泄した粘液に包まれた種子が樹木に付着し発芽して分布を拡大します。演習林にはヤドリギとホザキヤドリギが生育しています。

ヤドリギ
ヤドリギ
ホザキヤドリギ
ホザキヤドリギ

水散布

 水散布は水で種子が流されて分布を拡大する方法です。種子は水に浮くものが多いですが、浮く仕組みを持っている種子もあります。浮く仕組みとしては種子の中に空洞があるオニグルミや果実がコルク質になっているヤシの実があります。またマングローブは発芽した種子が落下し海水に流され分布を拡大します。

自発散布

 自発散布は果実がはじけて分布を拡大する方法です。自発散布する樹木としてマンサク・マメ科の植物が挙げられます。飛散距離は10m以内で重力散布と余り変わりません。

オニグルミ種子
オニグルミ種子
フジ果実
フジ果実

 種子散布に関しては距離を中心にお話ししました。散布された種子が発芽し新しい樹木になるかの質的考察は含んでいません。

谷川岳一ノ倉沢

 谷川岳一ノ倉沢については水上演習林観察日誌12と16で紹介しました。例年一ノ倉沢は越年雪渓になることが多いのですが、今年は積雪量が少なかったので雪渓の雪が融けてしまいました。

一ノ倉沢10/21
一ノ倉沢10/21
一ノ倉沢上部のアバランチシュート
一ノ倉沢上部のアバランチシュート

(2016年11月)