食ビの人々

高橋 巌 教授 Iwao Takahashi 担当科目:現代農業論、地域経済論、食料生産実習

書を読み、食と農の現場に出よう。
様々なことを体験し、色々な人の話を聞こう。

現在の研究内容について、わかりやすく教えてください。

「食」の源である地域農業と、それを支える地域経済のあり方について、「人」と「組織」の問題をベースにしながら研究しています。具体的には、農業を持続的に続けるための環境に配慮した有機農業や、高齢化が進む農村での高齢者の役割、農業協同組合(農協)の問題等を主たる対象とし、それを経営組織論などの手法で検討することです。

有機農業は、1980年代初頭の学生当時から関心を持ち現場で援農するなど、実践的に学んできました。一方高齢化の問題では、農業の現場で「高齢産業」というほど高齢者が従事する中、私はこの実態をポジティブに捉え、定年退職して農業を始める「定年帰農」の動きなどを調査した結果、地域で「元気な高齢者」が就農しローテションしていくシステムがあれば、高齢者主体でも地域農業は継承しうることを見出しました。そのためには、組織がしっかりと地域をマネジメントしていく体制が必要で、農協にも重要な役割があります。しかしこのところ農協は、協同組合という通常の株式会社と異なる法人・組織形態でありながら、政策的にその位置が歪められており、私はその問題点を追求し発言しています。さらに、TPP(環太平洋連携協定)や東日本大震災による原発事故の問題発生以降、行きすぎた市場主義・グローバリズムや、農林漁業と連動し持続可能な地域エネルギーなどの分析を深め、実証的な代替案を発表・発言しています。

現在の研究領域に興味を持ったきっかけは何ですか。

私が生まれ育ったのは「東京の田舎」でしたが、時代は高度経済成長期まっただ中。自身の成長に伴い公害と環境破壊を身を以て経験しました。多摩川など合成洗剤の泡で真白な死の川でしたし、畑や雑木林が切り開かれていくのを間近に見て育ちました。またこの時期は、急速に食料自給率が低下し、怪しげな加工食品や輸入食品、偽装表示が横行し、「食品公害」が叫ばれたときです。自然が好きで、中学生から各地の山を歩いたり自転車で旅したこともあり、食・農・地域・自然環境を大事にし、保全しなければならない、「何とかしなければ」といった問題意識が芽生えました。 そんな想いで当学科の前身・食品経済学科に入学、「農業経済学研究室(当時)」に所属して農村調査や学部農場での農業実習のほか、有機農家で援農をしたり、原発に頼らず農林漁業によって地域再生を図るイベントに参加・企画したりもしました。学部の卒業論文も、山形県の農村を自転車で一戸一戸農家を回る「聴き取り調査」により作成しました。

学生生活を終えた後は、実家に近い埼玉県の農協(JA)に就職し現場での実務経験の後、中央の農協系酪農団体に移り、酪農関係者だけでなく大手乳業メーカーなど食品産業の方々との実務に従事しました。同時に、霞ヶ関・永田町など日本の中心部で農業政策策定に関わる貴重な体験をしました。その頃「GATT」(当時の貿易ルールを決定する機関)の交渉が妥結し、米や乳製品など基幹的農産物まで貿易自由化の波にさらされるようになるなど、農業も世界も大きく動き出していました。しかし、このように行きすぎた貿易自由化は、食・農の現場にメリット以上の大きなダメージを与えます。現場の実態を踏まえると、私はそのことに今でも疑問を持ち続けていますし、私の研究の礎はここにあります。
その後農協共済の研究所に移り、一転、共済事業や高齢化の進む中山間地域などで農村の厳しい現実・実態を9年間調査研究しました。しかし厳しい環境でも、「元気な高齢者」の方々の農と食に関わる素晴らしい活動を見聞する機会が増え、これこそ高齢社会の中でのモデルである、こうした活動に光を当てようと考え、実態をまとめる研究を重ねました。この通算19年間の農協系組織での社会経験の後、本学に奉職しました。

以上のように私は、書斎でじっくり研究する時間より、食・農の現場を飛び歩く中から研究を積み重ねる時間の方が長かったといえます。それは今後も変わらないと思います。

研究の成果をどのように社会に活かしていきたいですか。

2005年4月に本学に着任しました。大学教員の重要な役割として、学部生や大学院生に対する研究成果の反映、すなわち「教育」があります。「研究と教育は車の両輪」なので、忙しい中でもその両立に努力しています。研究スタイルは、以前と基本的に変わっていません。現場に出向く調査研究をベースに、学会誌・専門誌などでの論文・研究結果の発表のほか、学会役員、団体・行政の委員や、時にはメディア出演等を通じ、社会に向けて調査研究成果を広く情報発信しています。

大学教員は、その本人の立ち位置によりますが、本来は極めてニュートラルで自由な立場のはずです。近年私自身は、経済・社会情勢の厳しさに対応し、調査研究成果などの情報発信・発言に力を入れています。これは、一般の人たちの代弁といったらおこがましいですが、社会的な発言や情報発信が大学教員の社会的使命と考えているからでもあります。

研究のやりがいや面白さを感じるのはどんな時ですか。

「未知の発見と社会貢献」。研究の面白さと目的は、究極的にこれに尽きるのではないでしょうか。それまで「通説」とされていたことを、自らの現地調査や資料・データの掘り起こしによって、新たな事実・事象や筋道を見出し、それを社会的に発表して、人々のよりよい生活に役立てていくなど貢献することです。もちろん、周囲に驚かれるような大発見などは、研究者の一生で滅多にないことですが、コツコツと調査研究を重ね小さな成果を積み上げていくことで、その目的は達成できると信じています。

反対に、研究で苦労する点、努力する点はどのようなことですか。

時間をどうつくるかですね。大学に限りませんが、世の中が大変忙しくなっている中で、研究を成立させるための苦労はここにあります。研究は、望むような資料・データがすぐ入手できたり成果が簡単に出ることは少なく、膨大な時間を要します。人から見れば、書店でぼーっとしていたり、無関係なネットサーフィンにしか見えない作業も、我々にとっては研究の一環だったりします。昨年、私は中央アジアで、経験が少ない途上国の現地調査に従事しましたが、言葉もわからずデータも入手できない中で本当に苦労しました。

無論、学生の皆さんに同じ目線で向き合い、講義・ゼミや実習・調査を通して時間を共有し、時に悩みを聞き喜びをともにする教育は、研究者としてのスキルアップと全く同義ですので、決して怠るべきではありません。さらに個人的には、自分を磨き社会性を発展させるために、様々な人たちと交流する趣味の音楽・アウトドアなども疎かにしないと決めているので、時間はいくらあっても足りません。

これから同じ専門領域を研究する学生に何を期待しますか。

ともかく「書を読み、かつ現場に出よう」です。「書を捨て」ではなく。ネットでもいいのですが、ネットだけではどうしても情報が断片的になりがちです。本は、著者の考えを広く体系的に眺められます。書店が経営的に厳しく数を減らすという本を手に取るのが難しい環境にあるので、学生の皆さんに我々もアドバイスをもっとしなければと思います。そして、食の現場でも農村でも、どんどん現地に行って様々なことに触れて体験し、色々な人の話を聞くこと。そして、それを自分の問題として考えていくことです。そうした体験・経験から、必ず学びは広く、深くなっていくはずです。

食品ビジネス学科を目指す学生へメッセージをお願いします。

「食」には様々な側面がありますが、それを多角的に学べるのが本学科の特色です。広大で緑溢れるキャンパスに、アットホームな研究室、統計資料室、専門誌にも取り上げられた調理実習室、各種実験室、耕種から畜産まで「農」全般を体験できる農場、食品加工実習所までを備え幅広く利用でき、「田植から調理まで」本格的に学べるカリキュラムを持つのは、【全国で本学科だけ】です。

私の担当する「食料生産実習」では、田植・稲刈りから、畑を耕して乳を搾り、食肉加工品をつくるところまで体験しますし、私のゼミでも、食・農の現場を訪問してヒアリングしたり、学生と教員でともに畑を耕し野菜をつくり、それをみんなで調理しています。身体で覚えたことは、一生忘れません。同時に、体験を発展させ深く学ぶため、「書」を読み込んでの座学も大事です。総合的な学びの場である本学科は、その両方の要素を兼ね備えています。是非、本学科を目指してください。ともに学び、ともに成長しましょう。

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