食ビの人々

佐藤 奨平 専任講師 Shohei Sato 担当科目:食品企業経営学、人材マネジメント論、食品企業と社会的責任、食品ビジネス特別講義

企業は人なり。
食品ビジネスも人なり。

現在の研究内容について、わかりやすく教えてください。

一番関心があるのは、食品ビジネスの世界を築き上げてきた企業家の生きざまについてです。私は、企業家がどのようにビジネス構想力を身につけ、戦略的に意思決定・行動し、食品イノベーションを実現したかを研究しています。企業家(entrepreneur)とは、ビジネス活動のなかでイノベーション(innovation)をもたらす人間のことです。イノベーションとは、革新を意味する英語であり、発明を意味するインベンション(invention)とは区別されます。企業家は、慣行や既成概念から脱却し、発明したアイデアを、情熱をもって製品やサービスとして事業化できる能力を有しています。
従来の研究では、経済発展の大きな原動力となった自動車、電気、石油、鉄鋼といった重化学工業や、金融、商社で活躍した企業家が中心となって取り上げられてきました。しかし、そのなかで私は、食品ビジネスの歴史のなかにも、優れた企業家がいたはずだと考えて、大学院時代から研究を続けてきました。研究を続けていくなかで、やはり「企業は人なり」、そして、「食品ビジネスも人なり」と考えるに至りました。

現在の研究領域に興味を持ったきっかけは何ですか。

昭和時代が終わる少し前に生まれたということもあり、戦前生まれの祖父母からよく昔の話を教えてもらいました。戦前・戦中のことや、戦後の高度経済成長期の暮らしなどについてです。祖父の戦友を訪ねる旅に付いて行ったこともあります。なかでも、戦時中の食生活のことが印象的で、それからは、食べ物を粗末にしてはいけないと思うようになりました。こうした体験もあり、私は祖父母の世代が、どのような時代を生きてきたのかを素直に知りたいと思うようになりました。まずは、これが「歴史」への興味の始まりです。

それから大学に入学すると、せっかく大学生になって好きなことを勉強していいのだから、自分で祖父母の生きた時代のことを調べてみることにしました。学生時代は、お金が無いかわりに時間だけはありますから、部活やアルバイトもしていましたが、卒業後の仕事にも役立つようなことをしたいと思って、自分で取材に出かけたり、文献や歴史資料を集めたりするなどして、敗戦直後の社会・食料事情のなかで葛藤した人間についての論稿をまとめました。当時は、新聞記者になりたいと思っていましたが、いろいろな分野の先生方からご指導をいただくうちに、研究者を志すようになりました。

そして大学院に進学し、研究を進めていくと、これまで経済社会を創ってきたのは、結局は人間だということに改めて気づかされました。もちろん、大学の経済学の授業では、「人間は合理的に自己の経済的利益の最大化を図る」ことを前提とする「経済人仮説」によって、経済学が学問的・理論的発展を遂げてきたことを学びました。しかしそれでも、やはり人間は、感情にもとづいて意思決定・行動する経済主体です。歴史を振り返ると、なおさらそのような問題意識が立ち上がってきました。こうした体験から、「経済人」とは区別される「企業家」に対して興味を持つようになったのです。

大学院修了後は、調査研究機関(シンクタンク)に就職し、農業・食品産業界の方々と仕事をするようになりました。その人たちの高い志と倫理観は、いずれも「企業家の条件」として不可欠なものです。仕事を通じて、企業家の生きざまについて、ますます興味が湧きました。

研究の成果をどのように社会に活かしていきたいですか。

2015年4月に着任し、大学教員としての活動がスタートしました。大学教員の仕事は、主に三つあります。第一は研究、第二は教育、第三は社会貢献です。
まずは、研究成果を学会発表によって磨き上げ、学術雑誌や出版物によって公表します。研究活動を通じて、食品イノベーションと企業家精神(entrepreneurship)の意義を社会に発信し、社会での食品企業に対する正しい理解の促進に努めたいと思っています。そして研究を踏まえて、大学の授業では、最新の研究動向を把握しながら、学説や理論を学生へフィードバックすることを心がけています。当然、こうした一連の研究・教育活動が社会貢献になるともいわれますが、その他に、学会の仕事を担当したり、企業・団体との共同研究を実施したり、食文化の地域資源化に向けてのイベントを企画・運営したりしています。これからも、自らが社会と接点を持つなかで、活動を継続していきたいと思っています。

研究のやりがいや面白さを感じるのはどんな時ですか。

日本企業はイノベーションが苦手であるとか、食品企業にはイノベーションがない、といわれることがあります。しかし、研究を進めていくと、それは誤解であることが分かりました。たとえば、うま味調味料産業の経営史を分析すると、うま味調味料のイノベーションがダイナミックに食品産業の発展と食生活の変化に影響を与え、しかも、そのイノベーションの実現には、企業家の役割が重要であったことが明らかになりました。学会報告の際に、会場からありがたいコメントをいただいたときは、この研究テーマを諦めないでよかったと思いましたし、嬉しかったですね。また、人間である企業家に光を当てて研究していることから、その思想と行動から教えられることが多々あります。人生勉強にもなり、そのたびに、自分の未熟さを思い知らされるのです。

日本の食品産業には、戦前からの農芸化学(生命化学・応用生物科学)、食品科学工学(食品生命学)などの生物資源科学分野の豊富な技術蓄積があります。食品ビジネスにおける企業家は、生物資源科学分野の数々の発見・発明を事業化する「食品イノベーション」の挑戦を続けてきたのです。食品ビジネス学科が、大学の経済学部や商学部や経営学部ではなく、生物資源科学部のなかに置かれていることには、極めて重要な意味があるといえるでしょう。これからも、このような最高の研究環境を生かして、研究に専念したいと思います。ぜひ学生や大学院生の皆さんと一緒に、研究を進めていきたいです。

反対に、研究で苦労する点、努力する点はどのようなことですか。

研究には、多くの時間を必要とします。そう簡単に答えが出ないところが、研究の醍醐味でもあるのですが、難しさでもあります。私がやってきた研究の主な方法は、企業の経営実態と社会経済動向の理解を進めながら、専門図書館・本学科統計資料室(食の専門図書室)・古書店などで独自に収集してきた多くの文献や資料を精査・分析し、その結果を踏まえてビジネス現場の当事者や関係者からのヒアリングによって検証するというものです。しかし、もっと昔の証言を得たいと思えば思うほど、「経営史の生き証人」は高齢化していきますから、そのことを考慮しなければなりません。
また、以前の職場では、各地の農業・食品産業の現場や自治体・省庁を回るのが日々の仕事でしたが、大学に移籍してからは仕事内容が大幅に変化したため、いかにまとまった時間を作って現場を回れるようにするかが課題となっています。授業等のない期間や休日をうまく活用するなど、工夫しながら対応しています。

これから同じ専門領域を研究する学生に何を期待しますか。

とにかく大学では、読書の習慣を身に付けることが重要です。それは、卒業後の「知識労働者」としての責務でもあります。とくにこの分野の研究では、多くの文献や資料を読みこなす筋力が必要となります。しかしその前に、食品ビジネス学科の全ての学生には、できるだけ週に2冊は読んでいただきたい。これを続けると年間100冊、4年間で400冊です。常に目的を設定しながら、大学卒業までに400冊は読んでもらいたいです。大学では、ゼミで報告するレジュメ、数々の課題レポート、論述式のテスト、数万字の卒業論文……、就職活動中は、志望理由書などのエントリーシート、小論文、さらに卒業後も職場では、日々のEメールやビジネス文書、プレゼンに向けての企画提案書、事業計画書、事業報告書と続いていきます。これらに対応するには、日々の幅広い読書経験と確かな調査研究能力による文章表現が鍵です。知識のインプットとアウトプットの相互訓練は、知識労働者の準備として欠かせません。ぜひ将来のために、充実した学生生活を送ってもらいたいと願っています。

食品ビジネス学科を目指す学生へメッセージをお願いします。

文系・理系を問わないのが、食品ビジネス学科の面白いところだと思います。「食料資源・環境」・「食品産業」・「食文化・食品科学」という三本柱による学際横断的なカリキュラムが用意されているのは、全国で食品ビジネス学科だけです。前身である農業経済学科・食品経済学科時代から数えてまもなく75年。これまで食品業界を中心として多様な分野で活躍する1万人の卒業生を輩出してきた実績は、食品ビジネス学科のプライドとするところであります。ぜひ食品ビジネス学科で思う存分、幅広く多様な食の世界を探求し、在学中に自分なりの「食とは何か」の答えを見つけてください。

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