環境適応生物を活用する環境修復技術の開発 日本大学21世紀COEプログラム
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研究内容
酸性硫酸塩土壌適応作物の探索とその適応機構
<リン酸欠乏によって誘導される根の伸長の遺伝解析>
池橋 宏、清水 顕史
 リン酸はタンパク質や核酸などの構成成分であり、その他さまざまな生命現象に関わる重要な必須要素です。リン酸が欠乏すると植物は地上部の生育が抑制され種子の発育が悪くなるので、リン酸の効率的な利用は作物を生産する上での大きな問題になっています。特に硫酸酸性土壌では、リン酸は植物にとって吸収し難い形に固定してしまうため、欠乏障害は恒常的に起こります。植物は欠乏するリン酸を獲得するための様々な応答機能をもっており、リン酸欠乏で起こる根の伸長もその一つと考えられています。我々は世界の最重要作物でありゲノム研究が進んでいるイネを用いて、『リン酸欠乏によって誘導される根の伸長』というストレス応答形質についての遺伝解析を行っています。
 
  62種類のイネ品種を用いて、リン酸を十分与えた場合とリン酸を十分与えない場合の根の長さを調べてみると、リン酸が欠乏することで根が伸長する品種と伸長しない品種があることがわかりました(図1)。図1にはそれぞれの品種の根長について、横軸にリン酸を十分与えた場合の根長を、縦軸にリン酸を欠乏させた場合の根長を示しています。"◇"で示した品種は根の長さに違いがみられず、"○"で示した品種はリン酸が欠乏すると根が伸長しています。この違いは、それぞれの品種の持っている遺伝情報の違いによると考えられます。
図1
 
 どのような遺伝子の働きによって、リン酸欠乏によって誘導される根の伸長が制御されているかを調べるために、次に染色体部分置換系統を用いた実験を行いました。この染色体部分置換系統は、イネゲノムリソースセンター(独立行政法人 農業生物資源研究所)によって作成された全ゲノムのほとんどが"日本晴" (リン酸が欠乏しても根は伸長しない品種)で構成され一部の領域のみ"Kasalath" (リン酸が欠乏すると根が伸長する品種)に置き換わっている系統です(図2)

図2
 図2では全54種の染色体部分置換系統を各横列で示し、各系統の染色体(1から12までの四角形で表しています)の中のKasalathに置換した領域を水色で示しています。各系統の持つ置換領域の大きさは全ゲノムの平均1.7%ずつに相当し、それぞれの置換領域を合計するとKasalathゲノムの全体を網羅していることがわかります。この置換系統群の中からリン酸欠乏下で根が伸長する系統を探すことで、この形質に関与する遺伝子の領域を特定することができるはずです。
 リン酸を十分与えた場合とリン酸を十分与えない場合の2種類の栽培条件で、染色体部分置換系統を5週間育てて根の長さを測定したところ、置換系統28と29ではリン酸欠乏誘導性の根の伸長が顕著でした。置換系統29(図3左)と比較用の日本晴(図3右)の根の様子を図に示しています。日本晴ではリン酸を十分与えた場合(10mg/L P)とリン酸を欠乏させた場合(0.5mg/L P)とで根の長さに違いはみられませんが(図3右)、置換系統29ではリン酸が十分である場合にくらべ欠乏させた場合に根が長くなっています(図3左)。置換系統28と29には染色体6に共通した置換領域がありました(図4)。図はこれら置換系統のイネ染色体6のうち、Kasalath型に置換した部分のみを分子マーカーの名前(R2549やC358など)を使って表示しています。この2つの系統は、茎の数や地上部の乾燥重・リン酸吸収量など、リン酸の不足によって顕著な減少がみられる形質についてもその他の系統よりも高い値を示しました。つまり、置換系統28と29は、リン酸の欠乏に対する適応性が他の置換系統より優れていました。現在は、置換系統のこの差をもたらした遺伝子の探索を進めています。
図3
図4
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