主な研究テーマ(杉田治男)

(1) 魚介類の腸内細菌に関する研究

 魚類の腸管には、水、底泥、餌などを通して常に多数の細菌が侵入してますが、それらの大部分は栄養条件や物理化学的条件が合致しないことや、宿主動物の生体防御作用や他の微生物との競合作用を受けるなどの理由から長時間腸管内に止まることはできません。これに対し、比較的少数の細菌種はこの環境に適応して腸内に住み着き、固有の細菌叢(腸内細菌叢)を形成します。これら腸内細菌の役割については未知の部分も多いですが、私たちはそれらの解明を目指しています。

(1)ビタミンの生産:ビタミン(以下、VB12と略記)の要求性は魚種によって異なり、例えばウナギおよびアメリカナマズでは成長不良や食欲不振などの欠乏症が生じるのに対し、コイおよびティラピアでは顕著な障害が認められません。そこでこれらを含む6魚種の腸内細菌のVB12生産能を調べましたところ、偏性嫌気性細菌で生産能が高く、好気性および通性嫌気性細菌では低いことが判明しました。偏性嫌気性細菌がウナギおよびアメリカナマズの腸管内では少なく、コイやティラピアに優占することから、後者の腸内では偏性嫌気性細菌がVB12を多量に生産して宿主に供給することが強く示唆されました。またコイ腸管内容物中のVB12濃度と偏性嫌気性細菌数との間にも高い正の相関関係が認められること(図1)から上記の仮説が裏付けられています。

 図1 コイ腸管内容物中のVB12濃度とBacteroides A型菌数の関係

(2)消化酵素の生産:魚類の摂取した餌料が消化管を通過するとき、種々の酵素の作用をうけて消化されます。腸内細菌がprotease, amylase, chitinase, β-N-acetylglucosaminidase, lipaseなどの高分子分解酵素を生産することから、これらの細菌が宿主の消化を助けていることが予想されます。

(3)抗菌物質の生産:水圏微生物が種々の抗菌物質や抗ウィルス物質を生産することはよく知られています。そこで我が国沿岸域のカニおよび魚類の腸管における抗菌活性陽性細菌の分布を調べましたところ、腸内細菌の1.1〜11.2%(平均4.1%)が4種の魚病細菌のいずれかの増殖を阻止することが判明しました。同様に7種類の淡水養殖魚類について調べましたところ、0〜10.2%(平均3.2%)の腸内細菌が抗菌活性を示しました。これらの結果は、腸内細菌の数%が抗菌物質を生産することによって外来細菌(病原細菌)の腸内への定着を阻止することを示唆するものです。またヒラメ仔稚魚から分離した腸内細菌の魚病細菌Pasteurella piscicidaに対する抗菌活性を調べた結果、ヒラメの成長に伴って抗菌活性を有する菌株の比率が上昇することを見いだしました(図2)。この事実は、ヒラメではP. piscicidaによる感染症が少ないことを裏付けるものです。さらにこれらの抗菌活性物質はペプチドやsiderophoreなどであることも判明しました。




図2 成長に伴うヒラメ腸内細菌中の抗菌活性陽性菌の割合

(4)プロバイオティクスとしての利用:養殖魚が感染症を発症すると抗生物質による化学療法がとられることが多い。しかしこれら抗生物質を多用すると薬剤耐性菌が発生することや、周辺水域に流出した抗生物質が環境浄化を担っている微生物の活性を抑制するなどの問題が危惧されている。そこで上記のような抗菌活性を有する細菌をプロバイオティックスとして経口投与することによって、感染症を抑制する研究が世界中で進められている。将来、有望な細菌が見いだされれば、人や家畜と同様に大きな産業に発展する可能性が期待されている。私たちは既にトラフグやキンギョの疾病予防に有望な細菌の分離に成功しており、実用化に向けて研究を進めています(図3)。



図3 プロバイオティクス候補菌の抗菌活性

(5) 分子生態学的手法による腸内細菌叢の解明:近年、FISH (fluorescent in situ hybridization)法やクローンライブラィー法などの分子生物学的手法の導入により、魚類腸管には、培養法で検出されるgammaproteobacteriaやBacteroides属のほかに、alphaproteobacteria, betaproteobacteria, 高GC%グラム陽性細菌など従来の方法では培養できない多様な細菌が存在することが判明しました(表1)。今後はこれらの手法を積極的に取り入れて腸内細菌叢に関する研究を進めていきます。 表1 FISH法で測定したボラの腸内細菌叢

プローブ 主な標的細菌 細胞数(cells/g)
ALF1b Alphaproteobacteria 2.8×109
BET1027 Betaproteobacteria 1.5×109
GAM1027 Gammaproteobacteria 2.1×109
HGC69a 高GC%グラム陽性菌 1.9×109


(2) 魚類養殖場の環境修復に関する研究

 長期間の魚介類の養殖生産に伴って漁場環境が悪化し、それによって魚介類の生産性が低下する現象を自家汚染または漁場老化と呼んでいます。このような現象は、魚類に投与される飼餌料の2/3近くが周辺環境に排出され、これらを種々の微生物が分解する過程で酸素濃度の低下、嫌気性細菌、特に硫酸還元菌の増加とそれに伴う硫化水素の発生などによって起こることが知られています。当研究室では、このような環境における硫酸還元細菌を含む嫌気性細菌の生態や分類に関する研究を進めております(図4)。またそれらの成果を利用して自家汚染を抑制する技術の開発を目指しています。



図4 嫌気性グローブボックスにおける嫌気性細菌の培養


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